お知らせ

沖縄本土復帰50年

2022.05.24

1972年5月15日沖縄が日本に返還されてから今年で50年が経ちました。太平洋戦争末期の沖縄戦ik以降、住民の皆様は言葉にできない「哀しく、苦しく、悔しい思いや経験」を数々してこられました。本土で過ごしてきた私たちは当事者ではないため、心の底から思いを共有することはできませんが、沖縄で起きてきた事実をよく知り理解しようと努めることが必要です。世論調査でも米軍基地の問題、事件事故、生活について、沖縄県民と本土民の認識には差異がありました。一国民として「他者の靴を履く(ブレイデイみかこ著)」ことに思いを馳せ、考えていきたいと思います。
沖縄はその立地ゆえの数奇な歴史をたどってきました。大国の唐、薩摩藩、明治政府そしてアメリカ占領下等統治者が変わり翻弄されながらも独自の文化を生み守ってきた歴史があります。唐の冊封(さくほう)体制下、「踊り奉行」なるおもてなしの芸能役割まで作り、戦争を避け中国との関係を良好に保つ知恵を使い、一方薩摩、明治政府とのやり取りについても平和裏に譲歩しながら、琉球処分で王朝統治の幕を閉じました。
そのような歴史をたどってきた沖縄が、最大の苦難である戦争の犠牲になり、太平洋戦争唯一の国内地上戦の場となったことで、9万人(日本全戦没者19万人)もの一般市民の死者を出しました。戦後も朝鮮戦争、ベトナム戦争に沖縄の基地から米軍機が飛び立ち、同基地面積は本島だけで総面積の15%、日本全土の70%ほどが沖縄県に集中しています。基地があることで米軍の事件事故は後を絶たず、騒音問題にも苦しめられているのが現状です。また、本土人の心に潜む国内の南北方面民族に対する優越意識は、古来からの由緒ある伝統を卑下したうえ、戦前から国は「うちなーぐち(沖縄地方の方言)」の使用も禁止し、皇民教育を押し付けてきました。そのような政策により大都市では、居住や就職についても拒絶を受け、生きる権利すら侵害を受けてきました。
荒れ果てた地、多くの犠牲者を出した沖縄の人々は、それでも苦難の歴史をバネに強く立ち上ろうとしました。「命(ぬちどぅ)宝」、「なんくるないさー(あるべき様に自然になるものさ)」他にも強さを表す「ウチナーグチ」は数多くあります。沖縄の人々の心に生きる「芸能の伝統」は、小那覇舞天、照屋林助、笑築過激団 (しょうちくかげきだん)など苦しさを風刺と笑いに変え民衆を勇気づけてきました。また、音楽においてもコザでアメリカ兵相手のロックグループ(紫、マリー・ウィズ・メデューサ)が活躍しましたが、戦場へ向かう兵士の精神状態を満たすための演奏は、罵声の中、生きるか死ぬかの真剣勝負だったようです。アメリカ文化をたくましく取り込みながら、その後沖縄アクターズスクール(スピード、ダパンプ、安室奈美恵 他)はポップカルチャーとして日本全土に深く浸透し、漸く自身のアイデンティティー(日本人、沖縄人)である島唄(ビギン、夏川りみ)にたどり着いたのです。その力の源は反骨精神の持続に他ならなかったと思います。「武力使わず自然を愛する 自分を捨てて誰かのため何かができる(モンパチ 琉球愛歌)」反発する心をバネに、歌と笑うことでたくましく伝えようとする、そんなウチナンチュのぶれない強さに学び、我々ヤマトンチュもできることをしなければなりません。
米軍基地の存在が安全保障上必要不可欠であるならば、せめて全県全国民が平等に負担を負うべきです。自分の居住区に戦争遂行集団が出現することは、今問題になっている敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有する場所として攻撃の対象になることでもあります。現代から過去を見通しても、核保有、NATO加盟、武器供与なども一歩間違えば、考えられない暴挙を行う国との軍事的緊張を高め、命を脅かされる確率が高まることは誰もが分かることです。中国の覇権を警戒するアメリカおよび日本政府にとって、戦略的見地から南方に位置する沖縄県、離島が基地として好都合であることは周知のことですが、日本国憲法の三大原則(国民主権、平和主義、基本的人権の尊重)を堅持し、少しでも戦後の沖縄県民の痛みを理解し、分かち合っていく意思を具体的政策や文化で示していかなければなりません。
「空の青さと海の青」、美しい自然に恵まれたトロピカルな島、癒しの島には、今に至る血のにじむような苦難の歴史があったことは事実です。政策を市民の生活目線まで掘り下げ、納得いくものとするため、私たち一人ひとりが「癒しを与えられる」だけではなく「安心と安全を与える」立場へ意識改革が求められているのではないでしょうか。復帰から50年も経てしまいましたが、今からでも変えられるはずです。代表者である政治家を選ぶのは私たち一国民なのですから。そのためにもプロパガンダやフェークニュース、国家の意図的扇動に惑わされることなく、正しい知識の元、自律した判断力を学ばなければなりません。

カテゴリ:歴史

ウクライナに思いを寄せて

2022.04.01

ウクライナでは今も多くの市民や兵士が傷つき、亡くなっている人、家族と離れてしまっている人々がたくさんいる。30日の中日新聞15面にて【「島唄」に込めた沖縄への尊厳】と題したレポートを読んだ。30年前ヒットした「島唄」は、作詞作曲した宮沢和史さんの戦争、沖縄に対する切実な思いがこもった楽曲であった。皆さんも一度は耳にしたり、口ずさんだことはおありかと思う。宮沢さん自身が本土出身(ヤマトンチュ)。これもなんとなく沖縄出身者(シマンチュ)ではないことを感じてはいたが、深くは考えていなかった。「風を呼び嵐が来た(米軍が来て戦争がはじまり)ウージの森(集団自決の場所)で千代のさよなら・・・、このまま永久に夕凪を(平和を願う)」一見男女の恋愛をうたっているように思えるが、実は戦争の悲惨や残酷さが込められていたのだ。宮沢さんは語る。(引用、要約)「日本の平和は多くの犠牲があってもたらされた。勝手に来たのではない。決して忘れてはいけない。島唄をつくってから決めたのは、歌手として、人として、沖縄を通りすぎるのではなく、根を生やすことでした。」、(解説)「それがヤマトンチュである宮沢さんの沖縄への尊厳の証だとも考えている。」沖縄を通し平和の意味を問い直し、今やれることは何かを考え実行していくことが、私たちの祖先が過去に行った過ちから学んだ貴重な経験のはずだ。遠い国で家族を守るため立ち上がったウクライナの人々、そして自国の代表者が他者の命を奪う戦争に踏み切った事実に、自己の命も立場も顧みることなく反対の姿勢を示す勇気ある一部のロシア市民を後押しし、やれることを見つけ訴えていくことが、武器を持たず平和を持続していくための最大の武器であると心打たれる。宮沢さんの活躍を応援し益々のご活躍を祈っていきたい。ヤマトンチュ、シマンチュ、日本人、立場や生きる次元、時代が異なってはいても、専制的な為政者の力よりも人民の力は根強く、そして忍耐強いと信じている。戦争そのもの、戦争にいつの間にか巻き込まれるような制度改正には踏み込んではならない。

カテゴリ:戦争

新型コロナウイルス感染症への対応について

2022.02.01

全国で保育園、幼稚園の休園が相次いでいます。本園にも感染が及ばないことを願っていますが、今一度、集団生活をするうえでの基本的な注意事項を下記にて確認しておきたいと思います。現在園内は日常的に消毒、換気、オゾン発生器稼動(各クラス保育室)を実施し、子どもたちはできるだけ園庭を中心に戸外活動を行い、リスクを減らせるよう心掛けております。

保育園では以前配布しました「新型コロナウイルス感染症についての対応フロー」に沿い保育園での対応を決定いたします。対応が遅れないことが、感染拡大を未然に防ぐ最善な方法と考えております。どうぞご協力いただきますようにお願いいたします。

なお、園児さんご本人、ご家族様の感染が明らかになった場合、行政(町)と協議し必要と判断した場合は情報共有を目的に、感染者の発生事実と人数のみ全保護者様に情報を公開いたします。感染拡大防止のための処置であることをご承知おきくださいます様お願い申し上げます。また、気を付けていても致し方なく感染してしまう場合もあります。ご家庭におきましても、個人情報の特定や誹謗中傷につながるような言動を避け、温かい対応がとれるご助言とご協力をよろしくお願いいたします。

【ご協力いただきます概要】

園児さん風邪症状のある時  
⇒速やかに保育園にお知らせください               
登園を控えてください

園児さんの感染が判明   
⇒速やかに保育園にお知らせください
登園できません
               
送迎者・同居者または接点のあるご家族風邪症状のある時            
⇒速やかに保育園にお知らせください
登園を控えてください 

送迎者・同居者または接点のあるご家族の感染が判明
⇒速やかに保育園にお知らせください 
登園できません

風邪症状   熱 37.5度以上
       咽頭痛
       呼吸数が多い
       呼吸が苦しい 等

カテゴリ:お願い

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