お知らせ

子どもたちの成長と子育ての心情

2026.03.14

いつもと変わらない日々を過ごしながらも、少しの変化を体験することで、子どもたちの世界は広がっていきます。人生の節目に経験する大きめな環境変化は、「緊張感」、「不安」、「寂しさ」等様々な感情も体験することになります。

幼い今はまだその事に気付けないでいるため、あっけらかんと日々を過ごしていますが、その場になった時にきっと複雑な気持ちも現れるに違いありません。この保育園で過ごした日々は、そんな「大ピンチ図鑑」が訪れた時にこそ威力を発揮するはずです。意外と子どもの順応能力は強いものです。楽しいことが増えればあっという間に過去は忘れ去られていくものでもあります。

最初は涙がこぼれても親元から初めて離れ、ひとり一人自分なりに頑張った軌跡が自分を支えてくれるはずです。必死で遊んだ日々の思いでは、自分だけの、仲間との、先生との大切で力強い思い出だからです。こうして寂しくて泣けてくる思いも立ち直りは意外と早くなっていくものです。特に0~4歳までを頑張って過ごしたことは、言葉では言い表せない「自信」になっているはずです。

新たな環境に飛び出す保護者様も、様々な人、システム等の環境に慣れていかなければなりません。しかし必死で頑張っている子どもたちの姿にきっと励まされることでしょう。そして親として強くなっていかねばと、心の底で誓われるはずです。

子ども、親、祖父母様等々、皆様「だいじょうぶかな?」と不安が起きないはずはありません、しかし我が子、孫が懸命に生きようとする姿を信じ、「大丈夫!」と胸を張って見守っていきましょう!大人が不安を見せれば連動するのが子ども心です。ここは一つ笑顔を装い、「いくぞーー!」と勢いよく飛び出して参りましょう。

子育ては育てる側も学ぶべきことがたくさんあります。自らの生き写しであるかのような我が子は、親御さんの心の変化を敏感に感じ取ります。進級することをあくまで喜びと捉え、「おめでとう」と言い切る姿勢、心意気、そして思い切る大人の姿勢に、子どもたちは大きな励ましをもらいます。この筋目をどうぞ丁寧に、大切にお過ごしください。

カテゴリ:子育て

躊躇と挑戦!

2026.02.22

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おはようございます。
守山区の小幡緑地公園に孫とあそびに行きました。その日は春の陽気でとても過ごしやすく、子ども心も開放的になりとても嬉しそうでした。写真は公園内にある遊具ですが、3歳から6歳向けのため少し孫には早いのですが、それなりの思いで葛藤しながら挑戦していたようです。ひやひやしながらも本人の選択に大きな間違いがなければ見守り、落下にだけは気を付け、キャッチできる距離を保ちました。
こと遊びにおいては、たとえ幼くてもできるだけ本人の「自己選択と決定」を大事にしたいと考えています。しかし性格や気質は、生まれた時から変わらないものでもあるため、「もっとこうしてほしい」といった大人の思いを押し付けそうになってしまうこともあると感じます。写真でも思わぬ高さに驚き恐さと不安を感じている様子がうかがえます。また他の大きな友だちに圧倒され、並んでいてもどんどん抜かされるなどの状況がみられるのでした。このような躊躇している心の時が大切だと思います。「どうしよう、おりよう、やめよう・・・・」そんな心の葛藤が手に取るようにみえます。この様な状況を「反面教師」のような見方をするのではなく、単に血のつながったかわいい孫としてみていきたいと思います。記憶にはありませんが、きっと自分自身の性格から考えると同じような状況だったのではと想像します。孫には敵いません!

カテゴリ:子育て

迷いながらも背中を見せて育てる!

2026.02.01

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子どもたちは様々な思うようにならない自分の心と闘う時があります。それは「大きくなろうとしている心の葛藤」でもあります。自分の思うようにばかりなることが、「うれしくない」、「でも、そうしたい」、この裏腹な心は、大人がしっかりと見定めていかなければなりません。子どもたちにとって「親」、「保育者」は心と身体の「太陽」、「灯台」、「水先案内人」である必要があります。逃げない、ぶれない「愛情」があれば、何年後かに子ども自身に理解できる瞬間が訪れます。

「北風と太陽(イソップ物語)」では自発性【教訓 - 人は強制で動かすのではなく、自発的に動いてくれるようにすることが大切であること。物事の解決には1つに凝り固まらず多面的に考えることが大切であること。】の大切さを語っています。宮澤賢治の「水仙月の四日」は、自然災害の恐ろしさと教訓を擬人化された吹雪の精霊【(雪婆んご(ゆきばんご)東北地方の妖怪を元にした賢治のオリジナル。猫耳を持ち、雪童子達を使って猛吹雪を起こす冬の魔女。雪童子(ゆきわらす)物語の主人公。2頭の雪狼を従え、鞭を使って猛吹雪を起こす賢治のオリジナルのキャラ。「僕」という言葉遣いから少年という事がわかる。雪狼(ゆきおいの)雪童子の言葉を解す忠実なしもべ達。自由に空宙を駆けまわり吹雪を起こす能力を持つ。狼なら前足で雪を掘るところが後足になっているのはご愛嬌。これも賢治のオリジナルのキャラである。】が、人間の働く子ども(貧しさの中働かざるを得ない)に襲い掛かるのですが、しもべ(配下)の雪童子が子どもを助けるお話。
これらの作品から学ぶことができるのは、自然現象(人間の成長も含むと捉えます)のすさまじさとその力に抗えない人間の非力が、直接の学びだとは思いますが、そこには人間の無償の愛(親)や工夫する力、弱きものへの応援、見守り等の「厳しさ(吹雪)と優しさ(雪から掘り起こす)の裏腹」も垣間見ることができるように感じます。様々な受け取り方ができる素敵な童話です。
子どもは親の思ったようには育ちませんが、やはり「おやのせなか」を見て育ちます。私もそうでしたが、今思うと誤った子育てをしていたかもしれません、しかし自信を持ち親として、社会人として生きる背中を見せ、子どもへの愛情が軸としてぶれなければ、必ずやお子様には伝わっていくと思います。その結果は今でなくてもよいのです。10年後かもしれません。信じた子育てを楽しくすることで、必ず活路は見出せます。二度とない乳児期ですから。

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クリスマスに思う 「子どもの保育、教育」と「カスタマー・ハラスメント」

2026.01.02

おはようございます。
長男夫婦には3歳男児と1歳女児の子どもがいます。私にとっては孫ですがつい最近次男にも男児が誕生し、病院に会いに行きました。そこで私は次男が生まれた時は、宿泊仕事で不在だったという話をしたら、「今なら離婚だ!」と次男に言われ、時代変化の速さに驚かされる始末です。現代は「イクメン」なる言葉もあり、父親が育児に参加し育休を取得することも当たり前の世の中に変わってきました。そのことはとても良いことだと考えますが、すべてを半分負担することは正しいとは思いません。母親にしかできないことはあります。しかし父親も育児を学び、抱っこの仕方、授乳、食事、入浴方法などはもちろんですが、「保育」、「教育」に対する理解も母親と共に必要な時代だと思います。
ただ思うことは、昨今の「カスタマー・ハラスメント【行為の例・身体的・精神的な攻撃・威圧的・差別的で執拗な言動・不当な謝罪要求・個人への攻撃や嫌がらせ など】」に近い状況が、幼稚園、小学校、中学校などで起きていることへの戸惑いです。十年前に前職を辞したときも、既に「大学生への親の過干渉」、「子に対し親離れができない」が問題、という認識はありましたが、その年齢が高くなっている状況が目立ちます。親はいい年をしていつまでも子どもじみたことに親子の喜びを見出そうとするものではありません。本当に子どもが「真の人生の夢」を持てるように育てるには、親こそ稚拙な関りから脱却し、年相応に大人としての関係性と距離感を自らの分身に持たなければ子どもは自立、自律共が危うくなります。
学校現場ではしつこく担任教師に連絡し文句を言い続ける親が増えています。これはもうストーカーに近いやり方です。子どもはたとえ幼くても一人の人格を持つ人間です。多くの保育者、教員に対する「ハラスメント」は、大人になり切れていない親の「稚拙な心」、「自己中心性」を社会組織にぶつけ駄々をこねる子どもと一緒の言動です。主張を紐解けば子どものことを考えているようで、実は「自己中心」の塊のような主張を耳にするたびに、結果子どもは親の権威に屈し、利用し依存的な人格が形成される結果を生み出すであろうことが予測できます。そして思うようにならなければ人を傷つけ、反社会的行動をとるようになってしまうことも考えられるのです。それが大人になっていない幼稚な言動と、無理難題を言う親の姿から学んだ素直な子どもの生き方です。子どもに罪はないのです。少し言い過ぎかもしれませんが、このような状況が続けば教職を目指す青年は失望し、挙句の果てに保育、教育の場が疲弊し教育力が低下していくことも必須です。
「イクメン」、結構なことです。しかし子どもは所有物ではなく一人の人格を有する独立した存在として扱い、父母、祖父母がそれぞれの年齢と経験に応じた役割を果たし、少子化の時代における「過干渉」の反省と、「親離れ」、「子離れ」がスムースに行えるように支えていくことは、現代家族が配慮せねばならぬ人の在り方だと考えます。
子どもらしい「夢(サンタ・プレゼント)」を、クリスマスに心待ちにする期待感は乳幼児期だからこそ大切です。しかしそれは遅くとも学童期後半には異なる夢に変わり始めなければなりません。親や大人も当然接し方、物ではない大切な贈り物に変えるべきです。そして公的機関や我々のような保育、教育に携わる者も、地域や、家族と共生していく具体的な実践を「目に見えない贈り物(自立・自律・利他)」として示し、分かち合っていけるように環境を整え、心して取り組んでいくべきだと考えています。

カテゴリ:子育て

孫ありて我あり 我ありて孫あり

2025.12.06

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おはようございます。
今の時期孫が週に一度はやってきます。長男夫婦の引っ越しが近いため荷物を片づける、運ぶなどの準備に追われるからです。乳児さんを抱えての引っ越しはとても大変だと思います。私たち夫婦は子どもが小学生になってからでしたので、仲間と遊んだり、手伝うなどができたから、さほど見守りに労苦はなかった記憶があります。ライフステージの中で子どもの成長と共に部屋が手狭になること、家族を一つにしていくための引っ越し、このイベントに対しても家族は大切な役割があると感じます。
保護者の皆様の中には、近くに親きょうだいがいらっしゃらないため負担が増し、夢と希望に満ちた喜ばしいはずの日々が、「忍耐」に押しつぶされそうになってしまいそうな思いも感じられた方がいらっしゃるかもしれません。そんなことを我身に感じさせてくれているのが、保護者の皆さまと我が孫の存在です。身内の助けを借りることができなければ、時期を考えた上で、公共サービスを気軽に使えるような仕組みがあれば、もう少し楽になるのではないかと思います。
もちろん前向きな行政、乳幼児教育関連支援機関、株式組織などは現代社会にたくさんありますが、地方自治体によってサービスに差異があるのも事実です。近いところで言えば飛島村は、漸く宅地造成を始め新規居住者を住まわせようと動き始めました。いくら企業の税収入が多く一部の人たちだけが豊かな恩恵を受けられたとしても、高齢化、少子化によってその対象自体がなくなれば、地域は衰退の道をたどります。また、日進市は道の駅「マチテラス日進」を作り観光客の誘致と地元住民の子どもから高齢者までを対象とした交流空間をオープンしました。少し遠いですがぜひ覗いてみてください。幼児教育教材会社「ジャクエツ」、様々な地元農産物、加工食品生産者、飲食店とのコラボによって、それぞれの年代が楽しく時間を過ごせる空間となっています。
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蟹江町も様々に資金と知恵を出し、「泉人」、「にこにこママ」、「祭人」等の施設を開放しています。しかしまだまだ発展途上であること、「子育てに優しい町」を自称するには足りないことが多々あると考えます。ぜひ多様な視点と思い切りよい施策を実行し、地の利を生かした対面事業(リモートばかりで人は育たない)を活性化していただければと考えます。
「孫ありて我あり 我ありて孫あり」身近なところから未来を見据え、これからを生き切り開かなければならない子どもたちのためにも、私たち大人が頑張らなければなりません。「自らで未来を切り開く」、大人として子どもたちに自分の生きる背中で伝えていくことが大切です。「人間社会の継続」は、自分だけにとどまらない「利他の精神」が基底になければならないのです。

カテゴリ:子育て

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