お知らせ

人間の成長は命尽きるまで!

2024.07.20



子どもたちは一分一秒の時間の流れの中で、自己の行動を選択決定し手足を動かし結果を見てまた考えます。その方法が自分の思うような結果であれば満足し、異なっていれば悔しい思いをしたり、このような感情を繰り返し体験することで、失敗をしても良い事、次の機会があることなども理解し覚えていきます。そうなのです!人生は失敗の連続です。いっぱいいっぱい失敗し、這い上がることに強くなっていけばよいのです。ケガも失敗も小さなころに小さく繰り返すことで、小さな事故には動じず、やがて大きなハードルにも挑戦していこうとする力強さを得ることが可能となります。

昨今若者が自分の居場所がなかったり、安住できる国日本にとどまり、自宅外、県外、海外、ひとりで暮らすことから意識的に遠ざかっているようです。確かに今の日本は生活することに便利であり、言葉も不自由なく通じあい、コミュニケーションも取りやすく、わざわざ自分が苦労して話が通じない環境へ赴く必要性も感じていないようです。島国で暮らす民族だからなおさら、自分以外のこと、他国の文化に積極的に触れ理解しようとする好奇な目線が必要です。

今後の世界は、よりグローバルな視点で物事を考えていかなければ、日本人同士がつぶしあい、そのうねりの中に埋没してしまうことになりかねません。そのためにも、幼いころから多様性、多世代に慣れ親しみ、その中でも善悪の判断、たくましく自己選択できる力を養っておくことが大切です。英語力ももちろん必要ですが、人間は言葉が通じなくても心で通じ合おうとする「意欲」、「気概」があれば、言わんとしていることは分かり合えるものです。根本の心根を鍛えておかなければなりません。

子どもたちには子どもたちなりの世界があります。大人の感覚では小さく見える園庭、校庭が、子どもにとってとてつもなく大きな場所として感じられることは、それだけ挑戦するにも勇気と思い切りが必要となる環境であるということです。このような感覚を乗り越えてきた子どもは、きっと大人になっても自身に降り注ぐ課題やハードルに果敢に挑戦できる心根を持てるに違いありません。ですから大人は知識技術偏重ではなく、子どもの心の成長を推し量ることが大切なのです。

カテゴリ:発達

身体をぶつけ合うことの大切さ!

2024.07.20



親、先生、なかまとの心と体の触れ合い。これほど誰かに依存し、仲間の心と体を知り理解する機会はないと思います。腸は第二の脳、第三の脳は皮膚と言われているほど、人間にとって皮膚は大切な器官です。温度や物の感触、風速さえも感じ自らを守る、外界を知り知恵を使うための判断等を最初にキャッチすることもできます。

幼い頃は主に母親とのスキンシップを重ねることで、安心して生きていける環境を確認します。安定してくると母親との安心距離を保ちながら、少しづつ外界へ興味を持ち活動を始めます。東洋人はこの愛着、密着関係でオキシトシンの分泌が特に多い民族です。生まれたての赤ちゃんでさえ、別室で寝起きする習慣を持つ西洋人とはそもそも体の構造が異なるところもあるのです。母子の分離が困難になるのは、多くは親の不安が子どもに伝染してしまうことにあるようです。「大丈夫、何とかなる」といった気持ちが現れる表情こそ、子どもの安心材料です。どんと構えていましょう!

さて子どもたちの保育園での生活は、乳児といえども集団での経験にあります。「個を大切にする」とは、個ばかりに集中して関りを持つということではなく、集団の中での個をキャッチし課題を見つけ、そのハードルを乗り越えていけるように支援することだと思います。写真にあるような狭い場所には風船のフワフワ感といった、子どもたちが大好きな遊びの要素があります、相反して友だちは大勢乗ることが難しくなる、でもやりたい。この矛盾は2人以上乗り込めば必ず体がぶつかり合うという結果を招きます。

これは良くないことでしょうか?ここに課題が見つかります。肌の触れ合いが感覚的に嫌な子、気にせずぶつかり合いを楽しむ子、子どもの様子も様々です。大人としてどこまでが許容範囲でしょうか?安全がまず第一に浮かびますね、しかし体をぶつけあうことで「相手の身体を知る」、「痛みを経験する」、「激しくぶつからないように気を付ける物理的感覚」等が分かるように配慮していくこと、言葉をかけていくことがとても重要だと思います。課題に対する答えを用意し子ども自身が気付けるように仕掛けを作っておくことは大切なことなのです。「保育は計算」と言われる所以です。

最初にお話しした通り、この体験は「フワフワ感が味わえる楽い活動」が最も大切な内容です。しかし集団といった要素が加わることで、子どもたちにとって必要な感覚、人間関係、心の発達を培うための素晴らしいきっかけをも含んだ活動であることを、育てる側の考えとして持っていれば、より素晴らしい活動であることは間違いないのです。

カテゴリ:発達

「見通し」の大切さ!

2024.06.24

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子どもたちは様々な環境に対し、自らの身体をコントロールしうまく動かし適応しようとしています。これは脳だけの判断ではできることではありません。むしろ先に末端が地形、形状、感触などを体験することで、その情報が脳へ伝わっていると考えられています。これが学習と言われる人間の成長には欠くことができない発達の過程です。

おそらくマット遊びは今日が初めてではなく、前年度から雨の日などに行っている活動だと思います。園庭にある築山とは異なり、柔らかでフワフワした感触は、自分自身の体重をどこへ持っていくのかを、体が掴んでいないとバランスを崩してしまいます。それなりの感触の見通しを持っているからこそ、思い切った動き(マット上を走る、転がる)に挑戦することができます。余裕ある表情も経験があるから故の笑顔、楽しさの表現なのです。

また「楽しいことの見通し」は、マットを運ぶなどの準備も皆で力を合わせ行うなどの行動に繋がっていきます。もちろん子どもにとっては物を運ぶことさえ「あそびの一部」です。ですが結果的に個々が「このマットで楽しみたい」といった動機を持ち、偶然にも行動が一致したときに、「皆で力を合わせる」ことは、ひとりではできないことも、「仲間がいれば可能になる」を経験することとなるのです。今の段階は完成された協力ではありません。しかし、「協力」という気高く、崇高な人間力は、幼い時から、今日のような経験を繰り返す中で培われていくものだと考えます。

これらの心の成長も、個々の子どもがやってみたいと思う遊びが元となっています。「あそび」は子どもたちの成長の元です。いわば我々大人の仕事と同じです。その権利を保障し、守っていかなければ人類の未来は危ういと思います。

カテゴリ:発達

あそびから学ぶ

2024.06.24

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したにも 落ちたぞ!

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うまくはいったようだね こうして物の大きさを学んでいます

今日も子どもたちの様々な様子が見られました!絵具という素材、水が混ざったときの変化、絵の具同士が作り出す様々な色等々、絵具という素材の感触と色の変化は子どもたちにとって、とても不思議に感じられる対象です。初めての感触、使い方に戸惑い、躊躇し「やらない」という選択肢もあってよいのです。いつの日かおもしろさを体感する日がやってくると思います。それまでは楽しみに待つことといたしましょう。

年少の子どもへの優しさ(一方的な配慮?)、それでも幼いなりに遠慮や気遣いをして、そっと「お返しする」かわいい場面、こども心の繊細さが映し出されています。子どもたちはこのような感情のやり取りを体験しながら、友だち同士の言葉や行動の方法を学んでいるのだと感じます。

最後は箱の中に木のナイフでしょうか?収納しようと掌で押し込んでいる姿ですね!形状が異なる箱とナイフをどうしても箱の中にしまいたかったのでしょう。少々無茶な感じもありますが、目で確認し入ると考えたと思います。上手に(偶然に)?斜めに置かれたことで、箱の中にナイフは収まりました。このように何度も試していると、ピッタリくることもあります。そこで長さ、幅、高さ、細い、太いなどの形状の違いを学んでいくのだと思います。

幼い子どもたちは自在に動かすことができるようになった手指を使い、様々を試します。長さを図るわけではなく、ほぼ直観でドンドンと思いをぶつけていきます。そして偶然にも思いが達成されたとき、深い満足感と次回への記憶として心の中に刻み込まれていくのです。

カテゴリ:発達

こども心

2024.05.11



ブロックをつなげる、積み木を積む、並べる、パズルを当てはめる等の遊びは、結構な根気と集中力を必要とします。それぞれの好みや発達に合う課題を自己選択することで、欲求を満たしさらに難解な自己のイメージを作り上げようと頑張る力も、やはり小さくても積み重ねられた達成感、成功体験があってこそです。無理なく達成感を持てる素材、「つなげる」といったシンプルな玩具の扱い方さえ分かっていれば、どれくらい自分で時間をかけて遊ぶかは本人の自由です。

このような様々な環境が室内では重要です。あまりにも難しい課題ばかり、全身を使わない道具や玩具ばかりでは、子どもたちは「力をいっぱい使いたい!」といった、欲求が溜まってしまい、心がそわそわ、むしゃくしゃし、「怒り」、「鬱屈」などの感情に押しつぶされてしまう状況さえ起こってきます。身体を動かしたいといった気持ちは、自分の身体を発達させたいといった自然な欲求なのです。だから雨が降ろうが、災害が起きようが子どもたちには大切な機会なのです。

また、子どもたちにとって「自分の心を自由自在にコントロ-ルすること」はとても難しいことです。ある程度大人に理解してもらいながら、自分の欲求を満たすことができる環境を用意される必要があります。さらに子どもは日常生活品に対してもとても興味を持っています。ある程度慣れてくると、大人が「これを触ってもらうと困るな」というものに限って盛んに扱おうとします。そんな時、頭ごなしに叱るのではなく、ぜひ子ども目線から考えてみてください。叱られるよりも「感じた楽しさや思いに共感してもらう」ことが、本人の大きな力となります。密度の濃い関り云々というよりも、子どもの気持ちの理解者であるように努力することが、子どもの大きな心の満足、安心感を生み出します。そこが出発点で健全な成長発達が進んでいくと思います。

カテゴリ:発達

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