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自発性の尊重

2025.10.05

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月齢が低い子どもたちは、お散歩コースの一部を歩き、ベビーカーにも乗り体力を温存しながら満足できるように調整します。園庭の様に柔らかな地面を歩くのと異なり、ひっかかりは良いアスファルトですが、その分足への負担は大きいはずです。

自分自身の体重を支える2本の足は、つまずきそうになった時倒れないようにささえ、踏ん張らなければなりません。その力を持続していくには慣れと体力が必要です。初めてや見慣れない景色、人や事物に出会うことも、それなりに頭を使い気を回してもいるため心も疲れています。

子どもたちにとっても、刺激的で興味溢れる環境の経験は、身体と心をフルに使う活動となるため、その楽しさに没頭しているときはあまり疲れを感じないかもしれません。しかしこの負荷がかかることこそ発達に良い影響を及ぼしていきます。どの程度の負荷までをよしとするかは大人が判断する必要があります。

「自主性の尊重」は健康を損ねたり、大きなけがをしてしまっては本末転倒です。子どもたちの成長発達が今どのあたりなのかは、親御様、保育士がしっかりとした見方を持っていなければなりません。「養護(安心安全)」の割合が「教育(環境への働きかけ)」よりも優先されるのはその理由があるからです。

乳幼児はまだまだ「過保護」なくらいがちょうどよいのです。過保護は欲求の充足に結びついています。十分に満足できることが出来る時期、初めて約束やルール、お友だちとのやり取りの楽しさへと向かっていけるのです。

「過干渉」と「過保護」の違いは分かりにくいところもありますが、「やりたいことを中断し、強制される」これも「過干渉」です。「やりたいことを大人に分かってもらい調整され導かれる」が過保護だと思います。とても微妙な違いかもしれませんが、保育現場ではよくあることですので、表現を替えれば保育士は幼い子どもといつも交渉や駆け引きをしているイメージです。

「否定」は簡単なことです。大人の権威を使えばすべてを片付けられます。ですが、できるだけこの方法を避け、「決めつけず」、「命令を避け」対応していくことが、子どもの思考を働かせ、納得のいく自己選択ができる道筋と考えます。

私も子育てをしていた頃は「決めつけ」があったと思います。年を経たこともありますが、学びを進めていくことでこのような結論を得るに至りました。もちろん本や理論的な方法からの学びもありましたが、今現在保育園で様々を教えてくれる子どもたちの存在、そして一所懸命な保護者の皆様から学んでいることは言うに及びません。この場をお借りしお礼申し上げます。ありがとうございます!

カテゴリ:教育

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