お知らせ

1歳児の発達と子育て

2024.03.27


具体物で仲間と遊ぶ

泥は最高の素材

1歳児クラスの子どもたちは、具体的に形を成している物(野菜、イチゴ、プリン等)を使ってイメージを膨らませていく時間が長いと思います。分かりやすい玩具を使いお母さん、コックさん、運転手さんになり切って(つもり遊び)集中していくことで、ひとり遊び、仲間との関りに集中し楽しい時間を過ごしていきます。この遊びを繰り返すことが大切です。繰り返すうちに自ずとブロックや積み木、あるいは粘土、土、水等変化にとんだ素材を見立てる力が育っていきます。

例えばブロックの車にしても「これは救急車」と自分なりのイメージで命名し遊べるようになってくるのです。そんな発達は大人が準備してどうこうなるものではなく、子どもたちの心が熟して(発達して)くれば自ずと起こる変化です。どんな発達も「今」この時を十分に過ごしていくことが、回りくどいようですが次のステップへ進む力となるのです。ただし、保育士は「そろそろこの素材でどうだろうか」と次の段階のがんぐ、プログラムを意図的に用意していくことは必要です。これが子ども主体の環境を整えるといった観点です。

また次の発達への移行時期は個人差がありますので、決して他の子と比較しないことです。歩くまでが早かったと言っても、ハイハイの時間が短ければ足腰の強さが不十分であることも考えられます。ですがそれすら個性であり、歩きだしてから本人がその弱さを補完する機会が必ずやってきます。自然に任せ見守り、本人の心身の発動を促す、この姿勢で良いと思います。発達のスピードや生活習慣の時期に親があまりにもナーバスになると、その心は必ず子どもたちの心にも影響を及ぼし、神経質で不安いっぱい、自身のなさなどに繋がってしまいます。「だいじょうぶ、だいじょうぶ」これが大切ですよ!

カテゴリ:発達

子育て環境の変化

2024.03.27

参考 一升餅 1歳のお祝い


おはようございます。
ほんの100年前までは、子どもが無事に育つことは難しい状況にありました。それに比べれば現代は豊かになり栄養状態も良く、医療の進歩で救える命が増えたことはとても喜ばしいことだと思います。どの時代においても子の幸せを願わぬ家族はいません。無事に育つことが難しかった時代、古人は「一升餅(ため物に困らないように)」、「選び取り(将来占い)」等の風習で健やかに育つことを切実に願ったに違いありません。
23日は初孫が生まれて一巡り、つまり1歳の誕生日を迎えました。児孫を通じ改めて子どもの発達のすさまじさ、速さ、親子・家族関係の大切さ、そして何よりも大きな嬉しさと喜びを感じます。「目の中に入れても痛くない」を実感しています。近くのリユースショップへ足しげく通い、「今度来訪があったらこのおもちゃを試してみよう」、「そうそうベビーカーAタイプも必要」などと思いを巡らします。息子夫婦との育児への考え方の違いも受け止めながら、あくまで自己選択するための良き支援者でありたいと願います。
核家族生活では近親者や地域、仲間の支援が必要です。幸いにも我が家は嫁の祖母が車でおよそ30分?以内に在住し、専業主婦のため、里帰りやもしもの時に心強い支えとなってくれています。とても感謝です!私たち夫婦は現役で働いていますが、できるだけ土、日曜日などには、いつでも遊びに来て一休みしやすいように、日頃から顔を合わせ会話し、お互いの遠慮のハードルを下げるように努力しています。「しょせん他人」この気持ちは、実はとても大切な相手を尊重する心だと思います。相手を尊重しながらも、若さは時として「経験談」が必要な時がありますので、年長者として協力できれば良いのではと思います。
親は最後は自己決定しなければなりません。経験を積むことで自信も身に付き、親子共々成長していってほしいものとエールを送ります。保護者の皆様にも同じ気持ちです。家族とまではいきませんが、「他人ごと」ではなく、一緒に悩み、喜ぶことがとても私たちの力になっていることをお伝えしたいです。

カテゴリ:子育て

高校野球児と政治家

2024.03.27

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おはようございます。
春の選抜高校野球は18日、大谷、山本、ダルビッシュ等日本人選手が活躍するメジャーリーグは20日にそれぞれ開幕し春を告げています。能登半島地震で被災した地域の出場高等学校(日本航空石川・星稜・敦賀気比)には、ぜひ勇姿を見せ被災した方々を励ますプレーを期待したいと思います。勝ち負けではなく「頑張っている姿」これだけでも心の苦痛に耐える人々の大きな支えになるはずです。







さて、話は変わります。これだけ悲しみを生む確率が高い地震国日本、しかも想定を上回る被害を出しているにもかかわらず、政府は電気エネルギーの供給源を危険な原子力に頼っています。核廃棄物の最終処分方法は絶対に安全とは言えません、クリーンエネルギーを謳い地球温暖化を防いだとしても、何か起こってからではどうにもならないことを学習したはず(原子爆弾被爆国、ビキニ第五福竜丸被ばく、福島第一原発事故)にもかかわらず見直しはしないようです。おかしいです。さらに戦闘機の協働開発、武器輸出は三原則を体よく離脱し、戦争に一歩近づく法案です。AI兵器はますます発展し、人間の手を介すことなく自律さえしようとしています。自国を防衛することは必要ですが、武器無き闘い(外交)に徹すべきです。
また、子育て支援政策も本当にすべての育児者支援になっているかと問い直せば、どちらかと言えば両親ともが正規雇用者である家庭に偏っているといえます。経済主体では真の支援にはなりません。「日本の働く女性幸福度は?(中日3.20生活面)」では、日本では働く時間が長くなるほど、幸福感は減少傾向にあります。一方フィンランドでは共働き家庭で女性が働く時間が8時間までは幸福度が増しているそうです。国民性にもよりますが、「家事の夫婦共同」と「余暇の過ごし方(自然に親しむ課外活動が日本の5倍)」が充実しており、ワークライフバランスが整った好循環があるからが理由です。
日本人ならではの良き伝統は、時代にそぐう形で残し、机上の少子化対策ではなく、庶民の生活に根差した政策を立案すべきです。政治資金裏金問題、そして知らぬ存ぜぬを通す幹部、次元の低い政治姿勢に期待感は薄いですね。社会問題を考えているといつもたどり着く結論です。道義ある国として日本らしさを主張し、それでもって責めを負うのであれば、これは致し方ないこと。これからを生きる日本人は、たとえ世代が移り変わったとしても残る「国土」に対して、信念をもって生きていく責任があります。そのような気持ちを背負い子どもたちに伝えていける大人であらなければなりません。国家と日本人を憂い自分から変わることが必要です。行ってらっしゃい。

カテゴリ:私見

立ち直る力

2024.03.27



子どもたち(丁度2、3歳ごろの発達段階)は、見立てる力を発達させていくことで、現実を理解していく力を学んでいきます。双眼鏡一つあれば一気にボルテージが上がり、仮想の世界から現実をのぞき込み、楽しさの中に没頭し欲求を満たそうと努力します。人形あそびやままごと遊びなども同じです。大人の言うことも、子どもたちなりの独特な理解の道筋で正解を導き出そうとしています。物への見方、使い方は大人よりも独特で、視野の広い見方で発想しているように感じます。固定観念で同じ窓枠から観ようとする大人とは、きっと思考回路が異なっているのだと思います。これも幼いからこその発達過程に含まれている謎深き道筋です。しかし子どもたちは、幼くても決して現実と見立て遊びをごちゃまぜにしているわけではなく、区別していることが現代の発達心理学者や哲学者によって明らかにされています。

そして今日の室内遊びへの取り組みを見ても、観察力や気づきの力、巧みな身体使いをしていることが良く分かります。これはひとえに毎日の外遊びの効果だと自負しています。園庭は起伏に富み、新たな発見や不思議に富み、毎日の気候状況による変化は、子どもたちの心と身体を実に感度の良い、粘り強い思考と身体使いに導きます。これが子どもたちに培ってあげたい「かしこい指先と体つくり」、「自発性に富み意欲的で強い心つくり」です。
3歳までのこうした土台の育成は、必ずや3,4,5歳の成長に良き影響を及ぼしまうす。特に「何かにつまずいたとき」、「仲間との関係がうまくいかないとき」、「失敗のとき」に効力を発揮するはずです。人間は「立ち直る力(レジリエンス)」を身につけることが大事です。失敗を恐れず前向きに生きる力を身につけるために、今後、自然や人から多くの試練を与えられることでしょう。大人よりも長く生きなければならないことを考えると、ひとり立ちのために手順を踏むことが必要です。そしてその力は決して大人からの教授による「知識」や「技術」の修練で得られるものではないのです。仲間の中、自然の中でもみくちゃになりながら得られる力なのです。

もうすぐ2歳児クラスの子どもたちは、この保育園から旅立っていきます。どの子がどこまで自己を伸ばせているかは数値化できるものではありません。また比較する必要もないのです。唯一のひとり一人がこの保育園で過ごした時間が、次の幼児教育機関、いえいえ小学校になった時花開くこともあるのです。残念ながら4月からは、私たちが毎日子どもたちと伴走はできませんが、子どもたちが最も信頼するご家族様の元、自分自身の可能性の花を開くときが必ずやってきます。その時にそばにいてあげられるのは家族しかいません。

カテゴリ:発達

発達と安全の境目

2024.03.17

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おはようございます。
保育現場では怪我による潜在危険の察知(怪我の予測への構え)が非常に大切です。道具を使う場合の子どもの経験、知識、心身の発達段階を日頃から頭に入れておくと、「Aさんは大丈夫、Bさんの場合はもしかすると危険な転び方をするかもしれない」、と個々の特徴に沿った安全確保を行えます。一斉に禁止することは簡単です。しかし安易な「挑戦への制止」は避けなければなりません。すべての安全基準を一律に個々に当てはめることは、「何に対しても否定」に繋がり、各々の伸びようとする力、頑張ろうとする意欲をくじくことになります。

園庭はどの発達段階の子どもが過ごしても、極力大きなケガに繋がらないように環境整備しています。しかし道具や玩具、特に子どもたちが「面白そうだ」と感じるもの(縄跳びヒモ、押し車、大きなボール)をどのように扱っているかには目を離さず、ケースによって判断しなければならないと思います。だから大勢を観ていくには、それなりの保育士の人数と発達への眼差、注意力が必要になってくるのです。

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先日のケースです。2歳児さんが押し車で築山の頂上から、勢いよく滑り降りてきた様子を視て、1歳児さんが真似しようとしました。私は「おそらく車の前底の部分が引っかかり、前方へダイブするように身体ごと突っ込むだろう」と予測しました。案の定その通りの状況になった時、その子を抱きとめ、顔、身体の強打を防ぎました。このようなことは当然起こり得ます。「やってみたい」といった欲求はできるだけ叶えてあげたいのですが、それなりの備えと、不測の事態に備えた支援者の位置は、用意しておかなければなりません。一度この経験を経れば、子どもたちは自分自身で注意するようになります。足を使ってスピードコントロールする、滑り降りるコース、高さを選ぶ、誰もが怖い、痛い思いはしたくはありません。様々な方法を体験できる機会を提供することで、危険を避ける力を育てる、これこそ大切な子どもに培いたい発達と能力なのです。

カテゴリ:発達

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