ドンロー主義に助け合いはない!
2026.01.18


おはようございます。
昨年の年末から新年までを佐藤正明さんの漫画で振り返ります。新年に入りしばらく佐藤さんもお休みだったのでしょうか?そう簡単にはアイディアは出ないにもかかわらず、政治風刺を笑いに変えて批判する目線を失わない氏の識見に今年も感心しながら、政治と世界を考えていきたいと思います。
年明け早々にまたもやアメリカトランプ政権は、大胆な発言と実行を行い世界を驚かせ混乱を招いています。ベネズエラ攻撃大統領拘束、グリーンランド取得発表、イランへの介入警告等を実行あるいはほのめかし、主権国家の内政に干渉しています。益々勢いを増す極端な政策への傾倒は、とうとう様々な公的世界機関からの脱退、堂々と中南米を支配し、自国のために利権を確保しようとする身勝手な実力行使となっています。また国内に対しても激しい不法?移民排除を行うなど留まるところを知りません。
本人は「モンロー主義【アメリカ合衆国がヨーロッパ諸国に対して、南北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱したことを指す。-ウエッジオンライン】」を掲げ、「ドンロー主義」等とふざけた建前で改革を行っているつもりのようですが、世界に不信と敵対、分断等を誘発していることは間違いありません。トランプ氏の主張は過去のアメリカの「帝国主義【中南米を米国の裏庭ととらえる考え方は、続くウィリアム・タフト大統領やウッドロー・ウィルソン大統領にも継承された。ウィルソン大統領は、自由や民主主義などの米国的理念を中南米諸国に広げることを重視し、その外交政策は宣教師外交と呼ばれた。このような米国の影響力の拡大は、例外主義的な発想に加えて、帝国主義的な発想を伴っていた。もっとも、先住民の領土を収奪した19世紀とは異なり、20世紀以降の米国では他国の領土を領有する発想は弱くなっている。-ウエッジオンライン】」、「例外主義【アメリカは特別=米国外交の伝統について考える上では、建国の理念、そしてそれ以降の歴史を振り返る必要がある。英国からの独立を果たした米国は、神によって認められた共和国だと自己規定する傾向が強かった。絶対的な権力者である君主を擁する、腐敗した欧州とは異なるという発想を建国当初から強く持ち続けていたのである。-ウエッジオンライン】」
さてこのような法と秩序を無視した政策はいつまで続くのでしょうか?ベネズエラの国民は一時的に独裁政権から解放され、嬉しさも感じているようですが(ノーベル平和賞を授与されたマチャド氏までトランプ氏に譲渡を申し出た)、国際的なルールを例外主義的に行ってきた大国が、自己中心性を存分に発揮していくような方法で、今まで築いてきた世界の安定を一気に壊していいのでしょうか?人間の尊ぶべき精神は、倫理道徳を曲げないところにあるはずです。にもかかわらず、今まで世界をリードしてきた国が、歯止である最低限のルールさえ壊していく国となり下がるのであれば、それは人類の危機といえます。
カテゴリ:政治・国際状況
100歳のマハティール氏が語る
2026.01.12

おはようございます。
100歳になったマハティール氏は、ルック・イースト(東方政策-日本を見本とした経済政策)を掲げ、国内外(ASEAN)で平和と経済振興を進めたマレーシアの元首相です。中日新聞(26.1.1 朝刊6面)には、「戦争は何も解決しない」と題し、防衛力を高める日本に対し何度も軍事力以外の解決策を提言していることを報じています。日本はアメリカ追随から少しづつでも離脱し、自律した国家としての役割を世界に向け発信していくべき時ではないかと思います。人間そのもの、関係性がおかしくなりつつある今の日本だからこそ、しっかりとした見通しを国民に示すべきだと考えます。
また国民も黙っていてはならないはずです。未来を作っていくのは政治家が主体ではなく一市民であるべきです。中島みゆきの「世情」を聴きながら、その時代に生きた自分ではありませんが、激しく国家権力と闘った学生(安保闘争)たちの気概(もちろん暴力は肯定してはなりません)に「学ぶべきあり!」とも感じます。
またトランプ大統領の関税政策や平和に貢献したという理由で、FIFA(国際サッカー連盟)が平和賞を与えたことに対し疑問を投げかけてもいます。スポーツには政治や紛争を持ち込んではいけません。平和の中でスポーツによって力を競い合うことがとても大事でもあり争う国同士の関係改善のきっかけにもなるからです。領有権や内政問題等国が威信をかけていることに対し、軍事力による威嚇、干渉となるような発言等攻撃的になるべきではないとも言っています。
国連、国際司法裁判所、国際刑事裁判所などの機能が働かず、大国は拒否権や力による現状変更を堂々と行い、国際機関は戦争犯罪者に対し逮捕状を発行するなど、自由と平和を守ろうと公平な裁定を行ってはいますが、大国は権威主義や自国第一主義を掲げ身勝手な振舞をしています。
マハティール氏のような良識ある知識人、政治家が発信している内容を、現職にある各国のリーダーは真摯に受け止めるべきです。このまま世界に自国第一、自分優先、排斥や差別、紛争が深まれば第二次大戦の二の舞となってしまいます。権威を持った者たちの良識ある判断と実行力に世界の平和はかかっています。
カテゴリ:政治・国際状況
高市政権 経済対策と外交事情
2025.12.23


おはようございます。
師走も半ば様々を振り返るときですね。政治の世界では石破元総理がある程度の役目を果たしながらも、新たに高市総理が誕生し若い国民を中心に期待感が高まっています。世の中が抱えている様々な問題を、政治という分野でどこまで良い方向性を見出していけるのか?が注目されています。
とても難しい時期の日本を背負い、「大言壮語」とならないように気を付けるべきではあります。独善的な振舞が目立つアメリカトランプ政権、台湾問題での発言、庶民に直結する物価高やコメ問題、自然の反撃と人間社会の共生等、問題は膨らむばかりです。国民が期待することに対して、小さな一歩で良いので着実に進めてほしい。最悪な人々から順番に救済してもらいたい。そんな思いです。
台湾発言は日本品や魚、農産物不買、渡航自粛から始まり、とうとう南京虐殺、レイダー照射、艦載機飛行訓練など、過去の歴史問題から日本の帝国主義に対する非難を盛り上げる方向性となっています。お互いをけん制することに終始し文化交流にまで波及しかねません。中国側は現政権の安定を狙って国民の不満を外交に向けさせる狙いもあるようです。しかし「いいかげんに せーよ」、中国、日本双方から批難の応酬を止めようとする知識人が、両国から影響を与えられるように願います。共産党政権は香港の例を挙げても、人権への弾圧や一方的な統制を敷く傾向にあります。「偶然の衝突」が決して起こることが無いように、深追いも気を付けなければなりません。日中両国民の安心と安全、平和友好があくまでも根底になければならないのです。
カテゴリ:政治・国際状況
年末恒例 流行語大賞?
2025.12.14

おはようございます。
米価格は再び高くなり国民生活を圧迫しています。政治経済は闇雲に「懸命」だけではどうにかなるものでもないようです。政治経済について義務や権利を放棄することなく、一国民として努力をしたのであれば、後は天に任せるほかありません。様々な情報戦略や裏工作をするのではなく、真っ向勝負で臨むことに後悔せず、外交は毅然と親善友好の本意をぶらすことなく、経済生活は質素倹約に努め「誠実に生きていく」ほかありません。自然の流れとは恐ろしいものです。たかが小さき人間が何とかできるようなものではないことは、宇宙世界がまだまだ未開の空間であることを思うと納得いくような気がします。
全てを飲み込むブラックホール宇宙にはブラックホールがあり、恒星は生まれ成長しやがて爆発を起こし消滅します。人々はやがて老い枯れてしぼんでいきます。人間も果てしない宇宙を心と身体に宿している存在です。そもそも人間という動物はなんとも不可解で、眼に見えない様々な微小物質のお陰で、健康を損なうことなく生きられるように守られています。これを科学の力で解明できないことはないのですが、やはり「大いなる力」を感じずにはいられません。
そのように考えていくと神や仏の存在は、私たちの心中に鎮座していると考えるのは自然なことのように思います。「誠実に生きること」、これは人間としてこの地球に生まれた時から、どの年齢においても必要な「使命」であると結論するのです。
カテゴリ:政治・国際状況
クマ ロシア どっち?自然でない侵入!
2025.12.06

おはようございます。
自然との共生はとても難しいことですが、一線を超えてしまった獣は害獣と決めつけられ、「駆除」という人間の勝手を押し付けられ命を奪われます。動物にもたとえ高度ではないにしても「こころ」があります。自然のままに生きている彼らを人間が滅する権利など本来はないはずです。しかし、偶然にも出会ってしまい、人間に危害を加えるという理由で殺戮せざるを得ません。私は罪の意識を感じます。
宮澤賢治は様々な童話を通じて生き物の宿命、人間と自然が共生するための考え方を示しています。「どんぐりと山猫」、「注文の多い料理店」、「よだかの星」、「なめとこ山の熊」、「フランドル農学校の豚」、「雪わたり」、「オツベルと象」、「セロ弾きのゴーシュ」挙げればきりがありません。一読をお勧めします。パロル社 小林敏也 画版をほぼ全巻持っていますので、ご希望があればお申し出ください。お貸しします!
さて、人間が他民族、他国を侵略する現実が今もまかり通っています。「クマの着ぐるみを身につけたプーチン大統領」、面白いとは思いますが、クマに失礼だと感じます。たとえとしてとらえておけばよいのですが、私としては大好きな佐藤さんだからこそ、少々残念に感じます。
カテゴリ:政治・国際状況
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