お知らせ

絵本と現実の世界 いったりきたり!

2026.06.07

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こちらはよくご存じだと思います エリック・カール 「はらぺこあおむし」 この絵本を自分で観る 先生に読んでもらう 実際の幼虫 サナギ 羽化の瞬間 屋外への飛翔 これらを経験することが・・・「命の豊かさ」を理解し 環境教育の元となるのです! うれしそうな彼女の表情が そのことを物語っています!

おはようございます。先週の金曜日に絵本を夢中で見入る、子どもたちの様子を担任がとらえてくれていました。絵本「ぼくのたび」は八ヶ岳を訪れた時「八ヶ岳小さな絵本美術館」に立ち寄り、丁度開催されていた「みやこし あきこ さん」の原画展を観て感動し購入したものです。この美術館には絵本を閲覧するコーナーもあり、小さなお子様連れでも利用しやすい場所です。絵本との出会いは自らが求めて良書を求めなければ、中々出会えるものではありません。また、保育園で定期購読している「絵本フォーラム」という季刊新聞も、ここで知った読み物です。「意識」を持っていれば「見えるもの」、「聞こえる音」、「感触」など気付くことが出来る感覚はとても広がっていきます。「努力する方の元に機会は訪れるのです!」
なにか好き、嫌いなことがあった時も、そのように感じるのは「自分自身の心」であるように、視野を広くするかどうかを決め、実際に行動に移すことが出来るかどうかも本人の考え方にかかっています。人間(子どもも大人)には伸びようとする大きな可能性が潜んでいます。その力を引き出すのは最後は自分でしかありませんが、子どもの場合は身近にいる大人の用意する環境次第だとも言えます。子どもが依存的ではなく、自分自身の行動で積極的な習慣を獲得していけるようになるためには、そのきっかけを考え、準備する(機会の保障)ようにしていくことが、大人の義務だと考えます。それは「教え込み」、「訓練」で得られるものではなく、「自発の心」を育てた上の環境があってこそです。野菜を育てる時に水や光、二酸化炭素、そして豊かな土壌の栄養が大切であるのと同じで、子どもの心に潜むあらゆる隠された才能を開花に導くことが出来るのは、育つ環境の豊かさが決め手の一つとなるのです。

カテゴリ:教育

青虫(アゲハ)の羽化と「命」について考える

2026.06.07

altさなぎになるため 高い所に自分をつるせなかった幼虫を 人工的に紙の入れ物(三角)に入れました
alt無事に羽化し羽を少しづつ広げ乾かしているところです!一人前になるのはとても時間がかかり 自然の中ではこの時も天敵に狙われるため羽化場所の選定も生死を分けます

おはようございます。
園庭のシークワサーで生まれたナミアゲハの幼虫は、さなぎになりそしてほどなく羽化しました。と描写すれば「感動」はあまり感じられない表現となってしまいます。この変化(変態)に最初に気付いたのは、幼虫をいつも気にかけ、毎日出勤すると羽化を楽しみにしていた保育士です。羽化したときの驚きの声と表情には、嬉しさと感激の響きがありました!これこそ地球上のすべての生き物(人間も含む)の「命」の尊さを学ぶ好機なのです。
このような感動をまずは大人が感じていることが大切だと思います。「同じ感動を子どもたちに味合わせてあげたい!」と願う大人の強い思いがなければ、様々な子どもたちへの働きかけを行いたいという気持ちも湧いてこないことでしょう。この「伝えたい!」、「経験してもらいたい!」の思いは、幼虫に関わった人の原体験が元となるからです。虫が苦手で触れられなくても、やはり生き物の誕生の瞬間は、「視る」といった感覚を用い、昆虫や小動物においても経験しておくべきだと考えます。
最近北海道(旭山動物園)の飼育員が自らの連れ合いを殺め、よりによって勤務先の動物焼却施設で遺体を焼いたというショッキングな事件がありました。人の命を軽んじるとても凄惨な事件ですが、それよりも深刻なのは、普段から動物に愛情をかけているはずの飼育員が、このような行為に至ったことにあります。この事は見かけだけの「生命尊重」を物語っています。また「トクリュウ事件」の実行犯として、16歳の高校生が躊躇なく見ず知らずの他者を殺害してしまうのも、「命」について十分な体験を得てきていないことが、命を軽んずる大きな原因であるように思います。
先日の研修(あべのハルカス)でも、子どもの残虐性(アリを踏む、バッタの羽をちぎる等)について話題になりましたが、私も含め学童時代までは、興味と好奇心から多くの昆虫を粗末に扱ってきました。でも高学年になって同じことはしません。それは「命」への気づきの瞬間でもあります。だから幼児期は生き物には申し訳ないのですが、命を奪うような行為(幼虫に石をぶつける、アリの巣破壊等々)については、「あなたと同じように生きている命が亡くなったね、かわいそうだね」と事実だけは伝えてあげてほしいと思います。その行為を「ダメでしょ!」と否定しても子どもの心の底には伝わらないと感じます。子どもの頃生き物に対し「生死」を見聞きすることは、いずれ「大切にすべき自然」への気づきとなります。子どもたちが生きていける環境を残すことは、とりもなおさず生き物のことを知り、扱うことから始まるのです。身近な生き物を遠ざけてはなりません。

カテゴリ:教育

あべのハルカス 環境教育セミナー

2026.06.07

alt聖徳太子建立(戦勝祈願時の約束-蘇我、物部の争い) 四天王寺
alt旧住友家庭園 慶沢(けいたく)園 大阪大谷大学23階キャンパスより

おはようございます。
週末に「あべのハルカス(大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目に立地する近鉄不動産の超高層ビル。大阪阿部野橋駅、近鉄百貨店 あべのハルカス近鉄本店、大阪マリオット都ホテルなどを内包する複合商業ビルである。通称は「ハルカス」。60階建てで、58階から60階に展望台を有する。)」へ研修(環境教育セミナー)に行ってきました。せっかく天王寺まで行くのだからと思い、空いている午前中にハルカス16階にある美術館へ「古代エジプト展」を見に行こうとしたのですが、なんと整理券を配るほどの盛況で断念!名古屋で言えばゲートタワーのような場所で、そんな高層ビル群が23階(大谷大学ハルカスキャンパス 他にも阪南大学、四天王大学などのキャンパス有)から、あちこちに建っていることも確認できました。新大阪に降り立った時から人の多さは尋常ではなく、人混みが苦手な私は閉口しながら人をかき分けかき分け、静かなところ(閑散としたカフェ)を探し必死といった状況でした。他にも四天王寺など尊敬する聖徳太子ゆかりの仏閣、慶沢園(けいたくえん 旧住友家)、動物園、市立美術館等、上から見れば名所はたくさん!何とももったいない思いに駆られたのです。
肝心の「環境セミナー」は、環境教育の心棒である井上美智子先生(持続可能な社会をめざす0歳からの保育 著者)はじめ実践園代表(登美丘西こども園元園長 大仲先生)、京阪地区の保育園関係者6名そして私と職員1名で開催されました。内容は盛りだくさんで記せばきりがありませんが、生き物、植物に対する見方扱い方を、0歳からどうして教育する必要があるのか、が主なテーマです。「答えがない」問題である人間と生き物との関係性(人間は主に自然を利用し食物他に生きる糧として一方的に利用している立場)は、いくら対話しても結論がありません。ですがこの対話を重ねることで、子どもたちへの「説明の仕方(0歳であっても)」が見つけられるのではないかとも考えたいのです。気候変動など人間が生きていけないような環境破壊(災害多発等)は、今目に見える形となっています。今後0歳の子どもであっても生き物や様々な現状に触れ、自分の意思を表現できる力を身につけていく必要があります(子どもの人権擁護)。この緊急性は「待ったなし!」なのです。私たち大人がこの世から消え去った後の子どもたちの世界を想像しなければなりません。そして今すぐ行動することが大切です。

カテゴリ:教育

相手を知る事!生き物も遊び道具も

2026.04.26

altフジも森も生き物であふれています(フジの花に来る大型の丸いハチはおとなしいクマバチです)

おはようございます。
フジ棚が花で満開になると、様々な生き物が蜜を集めに飛び交います。中でも「クマバチ(写真)」は、人間にも近寄り見事なホバリングを行う姿はとてもかわいらしくて面白いです。【クマバチとマルハナバチ 「ブーン」という大きな羽音から、どちらも非常に危険だと思われがちですが、危険性には大きな違いがあります。クマバチの危険性は、実は非常に低いです。まず、春先に私たちの顔の周りをしつこく飛び回って威嚇してくる(縄張り意識が強い)のはオスですが、オスには毒針がありません。メスは毒針を持っていますが、性格が非常におとなしく、巣に直接手を出したり、メスを素手で掴んだりしない限り、人を刺すことはほとんどありません。一方、マルハナバチは注意が必要です。こちらもメス(女王蜂と働き蜂)だけが毒針を持ちます。マルハナバチは社会性昆虫であり、巣(コロニー)を守る防衛本能を持っています。地中や草むらにある巣を知らずに踏みつけたり、刺激したりすると、働き蜂が一斉に襲いかかってくる危険性があります。マルハナバチの毒もアナフィラキシーショックを引き起こす可能性があるため、巣を見つけても絶対に近づいてはいけません。衛生面では、クマバチが家の軒先や柱に穴を開けるため、木造建築物にとっては「害虫」とされる側面があります。】
怖ろしさばかりが強調され公園からフジ棚は消えつつあります。生き物も危険だからと言って駆除し続ければ、子どもは危険生物に遭遇したときの回避方法を学べません。同じように築山に人工芝を貼ってしまうと、土の感触、どんな時に滑りやすくなるのか、微妙な傾斜やくぼみに対応する方法、身体使い(足さばき・体重移動・バランス)が身につきません。他にも過剰な滅菌、過剰な農薬使用等、一見子どもや人の安全を保障しているようですが、実はその逆です。虫に刺されたときの責任、山の形が崩れない、人間以外の生き物の駆除等すべて大人、人間都合なのです。責任はすべてが設置者にあるのではなく、そのような環境でしか育てられなかった社会、地域、時代、そして家族にもあるのです。「自己責任」という言葉も責任逃れの感が色濃く表れています。そうさせているのはいったい誰なのでしょうか?真の大人ならば考える必要があります。
公園遊具は適用年齢表示と公園遊具安全ラベルなどが表示されています。これはあくまで目安としてとらえておく必要があります。遊具は作成会社がおよその使用年齢制限を設けることで、事故発生時の責任問題に制限を設けているのです。子どもの発達は個人差がありますので、自分でやろうとする気持ちと体使いの発達を大人は見極めることが肝心です。自分でやってみようとする気持ちもないのに、手伝い過ぎでやらせてしまうのは「過干渉(余計なお世話)」となります。本人の自発を待ちましょう。逆に対象年齢が適応していなくても本人が乗り越えられる発達(心と身体)を得ていると家族が判断できれば、自発に基づき十分注意しながら見守るのも良いと思います。これが「発達に沿う」見方だと思います。

カテゴリ:教育

園庭開放の意味と意義

2026.04.26

alt園庭開放について掲載していただきました

にこにこママの賛助会員である本園の情報を、インスタグラムとホームページ(両方とも「にこにこママ」)に掲載していただきました。本園の園庭をできるだけたくさんの子育て家族はもちろん、多世代、多様な皆様に知らせ利用していただくのが目的です。
自然の中で人間が時間を過ごすことはとても大切だと考えます。遠くの観光地に行かなくても、管理され安全で見守り(広義の意味)もある園庭は、子どもたちや子どもを育てる親、子育てを終えられた高齢者の皆様、発達がゆっくりな子、多動な子(フェンスで囲われているため道路などへの飛び出しがない)にとっても、安全に過ごせる場所です。また、様々に生きている人々(本園園児さんももちろん含みます)が、子どもと自然を通して触れ合うことは、希薄になっている近隣関係、他者との関係性を持つ機会ともなります。
さらには子育て支援施設は室内が中心のため、室内遊具、玩具には利用方法や学びに限界がありますが、自然(生き物や植物、土)はほぼ無限に子どもたちの欲求と学びを保障しています。環境問題(地球温暖化)を幼いころから肌身で捉え、将来自分が生きていかなければならない地球環境の持続にも、思いを馳せることができるようになります。大人目線ではなく本当の「こどもまんなか社会」を考えれば、自然の中で泥だらけになることはリスクではなく、成長の糧になることは間違いないのです。園児保護者様も平日がお休みの時、親子でぜひ園庭においでください。お子様が日頃どのように自然と関り遊んでいるか、解説付きでお話いたしますよ!

カテゴリ:教育

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