お知らせ

コミュニケーションとは?

2026.07.12

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おはようございます。
昨今乳幼児の虐待等については、とても厳しい目線が向けられています。私の家族も長男夫婦が子どもの夜泣きについて近所から「虐待ではないか」と疑いをもたれ通報され、関連機関から連絡が入ったことがありました。日本人は様々な世間話に過剰な反応を示します。そしてそれだけ通報をする側の「孤立」も進んでいるのだと判断できます。個人のスペースやプライバシー環境が保たれる社会は、安心安全とも言えますが、見方を変えれば隣同士でも接点が少なく、特に「高齢者」や「若い人の引きこもり」などの状況も進んでいます。イギリスではいち早く「孤独大臣」を設置し、現代社会が生み出す人間関係の希薄さに対策を講じています。
このページでも何度もふれていますが、「人間」は人と人との間で生きているからこそ「人間」と呼ばれます。その特徴に支障をきたす環境が生み出されているのが実情です。原因は情報機器の進歩、核家族化、地域関係量の減少などによる、他者への不寛容、自己肯定感の欠如などが根深く存在しているにほかなりません。そして、人の失敗や過ちルールや不道徳に対する嫌悪感や否定的になり同調者を増やすことで、自己の存在を確認しようともしています。すべてがポジティブ思考ではなく、マイナス方向への言動になっていくため、とても危険な人間関係におちいっているように考えます。人間同士は「皆異なる考え方」、「異なる行動様式を持つ」と考えていかなければ、いさかいが起こり、お互いを傷つけあうような状況となってしまうことは予測できます。「投げられた言葉」、「表情」に対して次の反応をどの様に行うかについて、場、状況、相手との関係性、周りへの影響をよく考え、しっかりとした言動ができるように訓練することが大切です。

カテゴリ:生き物・自然・人間

我が家の幼虫の行方?

2026.06.13

alt引越しした木の葉はすべてなくなり 幼虫の姿もすべてなくなりました

おはようございます。
先週末次男が孫を連れ訪問、途中でいつものように長男の孫兄妹を保育園に迎えに行き、久しぶりに孫同士が対面しました。保育園でも同じですが、幼い者同士の間でも、自分よりも幼い子どもに対しては、優しく触れようとする、興味深くよりたくさんの時間観察する等の行動が見られます。本能的に自分よりも弱い存在について分かっているようにも見えます。家族、親戚の存在が少なくなり、ますます身近な縁者がなくなっていく社会ですが、元をたどれば人間はどこかでつなっがっていることは間違いないので、お互いが交流できる場を意識し作っていく必要はありますね。
わずか2日で引越ししたミカンの木が丸裸になり、幼虫はどこかへ行ってしまったのか?付近を捜しましたが、姿を見つけることはできませんでした。考えられる原因は「餌がなくなり新たな場所を探しに移動した」、「葉がなくなり外敵に見つかり捕食された」、まだ体の色が緑になっていないもの、小さな個体もいましたので、大きな移動はあまり考えられません。毎年繰り返されているであろう自然の過酷さに思いが及びます。

カテゴリ:生き物・自然・人間

我が家のアゲハ幼虫

2026.06.13

alt食べつくされミカンの葉は1枚も残っていません
altもう一本に引っ越したのはよかったけれども・・・・

おはようございます。
ナミアゲハはどこの地域でも比較的簡単に見つけることができます。私の自宅のミカンの鉢にも、毎年卵が産みつけられるのですが、ご覧の通りたくさん卵から孵ったことで餌であるミカンの葉っぱは足りなくなってしまいます。もう一鉢に引っ越しをする個体もいますが、同じ葉でないことが分かると食べないことが多いです。何故だろうと不思議に思いますが、偏食の強さが自分の身を護るためでもあるようです。成虫まで生き残る可能性が低い昆虫は、たくさんの卵を産み付けます。さすがに樹木の大きさや葉の量までは考えていないため、餌の不足が起きることは致命的な結果を生むことも、自然界の厳しい掟なのかもしれません。人間が他のミカンの木に移したとしても、そのことを受け入れられないのが「自然」でもあることを学びます。だからこそ昆虫の生き残りは多様で大量で、あらゆる危機に対しても、希少な確率で命を繋いでいけるようにできているのだと思います。それほど軟ではないですね。

カテゴリ:生き物・自然・人間

いのちがけ!あおむしの大冒険

2026.05.17

altシークワサーの樹 柔らかな新芽にはナミアゲハの幼虫が住んでいます
alt離れた場所にあるプーさんハウス
alt樹からの距離はざっと1メートルいいえ2メートル?
alt入口の右下にいます
alt美しい幼虫、自らを支える命綱(自分で糸を出します)

おはようございます。
珍しい生き物の姿が見られました。プーさんハウスの裏にある、シークワサーの樹に住んでいたナミアゲハの幼虫が、蛹になり羽化の準備のため、長い旅路の果てに選んだ場所がこの場所だったのです。小さな幼虫にしてみれば人間にとっての1メートルがとても遠い場所だと思います。目立つ体の色ですので、鳥(ムクドリ、ヒヨドリ他)に見つかればひとたまりもありません。そのような危険を冒し命がけでアゲハになるために冒険をしたのでした。でも運悪く時間が来たのか、体力尽きてしまったようで、とても目立つ場所になってしまいました。子どもと保育士が張り付いている幼虫を教えてくれました。早速写真におさめ無事に羽化することを心から願いました。写真ではまだ5齢幼虫の姿そのものですが、やがて形や色に変化(変態=蛹の中で180度の姿に変化し蝶の形になる)が出てきます。その変化を子どもたちが観察できれば、生き物の多様な姿と神秘に出会うこととなるでしょう!その経験こそ「命の豊かさを感じる」体験にほかなりません。絵本(はらぺこあおむし等)などと共に興味を広げれば、子どもたちの驚きと感動は一生ものとなります。生き物の神秘に出会った子は、必ず「生命」を大切に扱える人格を持てるようになります。めったにできない経験です。

カテゴリ:生き物・自然・人間

クヌギの生き残り術

2026.05.17

alt人的に作られた公園にそびえるクヌギの木
alt落ちたどんぐりから発芽し双葉の状態まで成長 しっかりとどんぐりと繋がっている まるでへその緒のようです
alt一定の方角のみにたくさんの双葉が見られる なぜだろう?

おはようございます。
我が家のそばにある公園のクヌギの木の下には大きなどんぐりがたくさん落ちています。何本もあるクヌギのうち、数本の地面のある方角のみに、発芽し双葉が開いているどんぐりがありました。何千個?も落ちているどんぐりの中の、ほんの一握りのものしか発芽していません。想像するに発芽が起きる条件も僅かなのだと思います。光、水、木陰、人の踏み状況、その頻度や時間、量等様々な条件が一致したときのみ発芽に結びつくに違いありません。
しかしこの場所は公園のため、いずれ管理者か誰かによって、発芽した木は抜かれるなどして、その場には存在しないこととなるでしょう。これが人が足を踏み入れない場所だったら、生き延びることも可能だったかもしれません。いいえきっと柔らかな新芽は獣たちの食べ物になっているはずです。このように非常に小さな確率でしか、大きな木に育つチャンスは訪れないものと考えます。だからこそ大量のどんぐりを作り出し、何とか生き延びようとするのが植物です。でもどんぐりに穴をあけ産卵するゾウムシや、食べ物としてたくさん食べるクマなどの敵が存在しているのも自然界なのです。
「公園樹木」から掘り下げれば様々な動物、昆虫の世界へも視野が広がります。地球に生きている生き物、植物、土壌等の豊かな環境は人間生活を支える最も偉大な存在です。大切にすべきことに気付くべきです。

カテゴリ:生き物・自然・人間

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