お知らせ

便利グッズがなければどうするのか?

2025.07.28

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おはようございます。
週末にとあるキャンプ場に、乳児期の子どもたちの親子デイキャンプお手伝いに行きました。私は焼きそばを焼き振るまう、いちスタッフとして薪を燃やす火の管理が役割です。勝手知ったるキャンプ場のため、どこに何があるのかはおよそ見当がついていましたが、太い薪を鉈で細かくする必要がありました。鉈は見当たらなかったですが、厚めの鎌が有ったので目的外使用ですが、鎌の刃を使い薪を細くし火付けを早くすることは可能でした。
一方すいか割をしようとスイカ持参の親子連れ、包丁を持参しなっかたのか、スーパーでの思いつきだったのか、包丁を貸してほしいと依頼がありましたが、これもなかったため、どうするのか見ていたところ、棒で割ったままのスイカを皆で分け合い食べていました。これも良いことだと思います。なにも道具がなければ顔を真っ赤にしてしゃぶりつく、箸がなければ小枝を箸代わりにする、自然の中には日常品に替わる素材はたくさんあります。
元々自然を生かして生きてきたのが人間です。既成概念ばかりを頼りにすることは、生きる力を弱くしてしまいます。そんなことを思った週末でした。道具がなければ何もできないではいけません、何とか知恵を使い人間としての誇りを守りたいものです。

カテゴリ:文明社会

AI機器の進化

2025.06.15

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おはようございます。
今週、ある業者の最新機器展示説明、および社内DX推進実践についての講義を受けてきました。一見保育園業務に無関係と思われますが、福祉現場では現在AI、事務処理機器、ソフト、身体介護ロボットなどを導入し、人員不足や対人援助の時間を増やすことに取り組み始めています。少子高齢化が進み働き手が減少していく時代に入り、科学技術に頼ることは必要なことかもしれません。介護現場では外国人労働者も参入し、学校で学ぶ段階から現場が身元保証することで、学費援助などの補助金が支給されている状況です。
しかし以前からの指摘通り、スマフォや機器への依存が過度になることで、人間の対話機会減少によるコミュニケーション能力の低下、様々なトラブル、極端な場合は刑事事件(詐欺や闇バイト)へも進展しているのが現実です。限度や制限が利かない人間自身が、自らや他者を破壊してしまうのは不自然な社会が産んだ功罪です。どのようにコントロールして人間社会のために科学を役立てていくのかは、人間自身の手に委ねられています。心して利用する覚悟無しで乱用すべきではないと思います。私は専門家ではありません、少ない知識で語ることで間違った解釈をしていることも多々あるためあくまで一意見としてお読みください。
今回の講演や展示においても「業務の効率化」、「スピード感」、「複雑な対話の簡略化」がほとんどでした。手書きや紙の時代が終わりかけているとはいえ、やはり手書きでしか伝わらないニュアンスもあります。答えを求める過程も失敗を極力抑え込んでしまい、正解を導き出すことが便利には感じても、失敗やしんどさを乗り越えてつかみとる充実感は少なくなってしまいます。果たしてこれで良いのでしょうか?スローフード(「速さ」ではなく「質」を重視する食のスタイル)、農業従事、保育園留学等、人間性をしっかりと維持しながらIT化を進めていく術を合わせて推進していくことが、利潤追求のみに固執しない人間らしい生き方だと感じます。

カテゴリ:文明社会

土に触れる喜びを!

2025.05.25

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おはようございます。
東京都足立区に有機無農薬で農業を行う足立区都市農業公園(https://www.ces-net.jp/toshino/)があります。体験や地域との連携を理念としており、農業を通じた自然理解(収穫体験・昆虫や生き物の話)、地域交流(フリーマーケット・レストラン)を中身の活動としています。【《組織》-「農薬・化学肥料不使用」であるため、NPO法人 日本有機農業研究会の農家15名程度の方にスタッフとして農地管理をお願いし、約20人の援農ボランティアと私たち農業コーディネータースタッフ3人による日々の作業、公園で公募した14人(H30年9月現在)のボランティアで農作物の栽培を行っています。
《自然との共生》- 私たちの目指す「農薬・化学肥料不使用」は、単に安全・安心な食べ物の栽培ではなく、自然と共生する暮らしです。園内に生えている雑草をあえて刈らず、体験プログラムで使用するフィールドには生きものがすむ場所を確保する等、生きものや植物の特性を利用しながら農薬を使わずに園地管理を行っています。育てているキャベツが全滅してしまう可能性もありますが、農薬で幼虫を駆除したりせず、後述するプログラムや公園に常駐するスタッフが農作物と生きもののつながりについて解説し、お客様に自然について理解を深めてもらうきっかけとしています。例えば、たくさんのモンシロチョウの幼虫が孵化しますが、その多くが寄生バチに寄生され、成虫まで成長できるものはほんのわずかであることを話し、キャベツもモンシロチョウも生態系の一部であることに気づけるようにします。
《地域共生》- 公園で採れた農作物の活用方法は、販売や農作物を活用したプログラムに使ったり、園内のレストランの食材として利用しています。園内での販売は、無農薬で安全な農作物であることとお手ごろな価格であることからお客様からの評判も良く、多くの方にお買い求めいただいています。】
とても興味深い取り組みだと思います。一、地域が世代ごとのバラバラな生活に偏るのではなく共生の機会となる 一、自然環境を残す人間教育の場となる 一、自給自足の考え方を広げる 一、子どもたちが土に触れ、人と交わる機会を提供できる 他にも副産物はたくさんあるのではないでしょうか?一般的なマルシェはよく目や耳にしますが、野菜、花を作るしかも有機無農薬で行うことは、健康志向、無駄がない世界の理解(スーパーに売られた形の良い野菜だけが価値あるものではない)などを与えてくれるのではないでしょうか。販売店ばかりではなく生産者としての市民参加の場を作っていくことも、政治も食も健康も「自分たちで守っていこう」といった能動的生き方を育てることに繋がるのではと学びました。

カテゴリ:文明社会

「子どもの日」子どもは迷惑ですか?(新聞記事より)

2025.05.10

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おはようございます。
保育園に勤めているためか、幼い子どもに対し「かわいい」、「無邪気」、「楽しい」といった感情が優先しています。世間では「子どもの声がうるさい」と、保育園の建設反対運動が起きる、公園が閉鎖されるといった事態も生じているようです。確かに「音」といった観点でとらえると、騒音規制法の対象となるプレス工場の規制値を超えるようです(5.5中日 考える広場 橋本典久 氏)。苦情の主の問題よりも、隣近所の付きあいが二分の一以下で「騒音への不安」が非常に高くなる傾向にあり、「孤独感」との因果関係が強いのです。多世代や隣近所の交流が遮断されてしまう状況は、人間にとって「人と人との関わりで生きる」機会が喪失しているともいえるのです。
確かに声を掛け合い気を遣いながら生活していくことは、煩わしい時もありますが、寅さん流に言えば「それをいっちゃーおしめーよ!」になってしまうのです。「子持ち様(職場で育児のため仕事を減らすことを認められること等)」と揶揄され、子育てをしていない職員からは「子育て罰(子育てのため収入が減る、キャリアの中断等の不利益)」だと不満を持たれる。未婚率が増加し少数派となった子育て家庭は、負担を強いられ寛容さを欠いた人々から疎外されることも生じているのです。
なぜこの様な日本になってしまったのでしょうか?「子ども」は今後も人間社会を継続していくための「宝」でなくてはなりません。そのために必要な子育てや、保育施設、公園が劣悪な環境に追い込まれてしまっては、「子どもの権利」が保障されないばかりか、人類が継続していくことすらできなくなります。
「人類滅亡」は簡単なことです。少子化が進み、挙句は子どもを産まない選択をすることが大半を占めることによって、起きる可能性は十分あると思います。人間が人間である所以を保っていけるように、AI、スマフォもほどほどに活用するにとどめ、自然環境の体験、アナログな生活、農作物生産体験等々、汗水たらして多くの世代と暮らす世界を持続、再発見していく必要を感じています。

カテゴリ:文明社会

退職代行に思う

2025.04.21

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おはようございます。
退職代行サービスが若者に利用される頻度が上がっているようです(4.13中日新聞)。このことは何を意味しているのでしょうか?考えなければならない社会課題だと思います。
そもそも転職の理由は、入社前のイメージとのギャップ、条件が異なっていた、配属地が遠い等の様々な理由があるようですが、これらのことは入社前にその差異を埋めることはできなかったのでしょうか?本人の努力も必要ですが、受け入れる側の姿勢はどうであったのかも検証しなければなりません。しかし退職を申し出ること、手続き他を本人ではなく代行業者に委託することはいかがなものでしょう。確かに本人が煩わしい思いを直接感じることはありませんが、労働を引き継ぐという義務は放棄され、職業への責任意識やそこで働く人たちへの迷惑や負担は一切関知せずの姿勢は、本人にとってこの先の人生のハードルや困難をも避け続けることにつながるのではないでしょうか?人間的成長を阻害する結果を招きます。「生きる」とは困難を乗り越えてこそ「やりがい」、「達成感」、「楽しさ」も生まれ、自己の成長も実感できます。それは他者への礼儀を尽くすことで得られるものだと思います。
社会は一人の勝手な思いで動いてはいません。必ず人と人との関わりの中で、細かな配慮や気遣いがあってのことです。そのことが煩わしいというのであれば、ひとりでできる仕事を見つけ、孤独の中で生きる覚悟を持つことです。人間社会は対面解決なしで許されるほど甘くはないと思います。形の上で成人を超えていたとしても、新卒、社会人経験者においては、退くことに対する責任の取り方や礼を尽くす術を知らないならば、親や関わった大人はその大切さを教えていかなければなりません。「退職を事務的に」といった商業ペース、「個人の問題」と一見個の自由選択の尊重とみなす倫理観が欠如した間違った解決が、若者の自律に良い影響を及ぼすとは全く考えられません。人間をダメにしていくような方法や金銭解決に手を染めるような環境は、日本人の国民性を汚すものでしかありません。もちろんハラスメントが優位になるような事態は避ける必要があります。皆さんはどのようにお考えでしょうか?

カテゴリ:文明社会

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