ブロックの見立て
2026.03.07




それなりに心も身体も育ってきた「たんぽぽ組」の子どもたち!この保育園で過ごすのも残り16日(お休みを除いて)になってしまいました。担任の先生はもちろん、ひとり一人に関わった保育士、給食の先生みんなが成長を喜んでいます。
0、1、2歳児クラスの3年間、あるいは2年間を楽しく過ごせたかな?お別れにはまだ16日もありますが、なんだか感慨深い思いになっているのはご家族様はもちろん、係わりあった職員全員が抱く思いですね。写真に写っている「16日」を見て保育士の強い思いに気持ちが昂ります!
さて、今日はBブロックを使った子どもたちの、創意工夫に溢れた作品とあそび方の多様性に、思わず「成長したね!」と感じています。素材が目の前にあるから個々の方法で働きかけ、独自な物を作っていきます。そして仲間がいるから、気になって同じものを作り、お互いの嬉しさを確認する、2人の世界(望遠鏡・動物恐竜作り)を作る等の人間関係の育ちも自らが作り出していきます。
絵本をみるや自らの経験をもとに、「いいなー」と思ったものを、自分の手指で再現していく力は、指先などの身体使いと、イメージを作り出す力が育ってこなければできる事ではありません。
また、窓枠につなげたブロックを立てることで、ピッタリな長さを作り出す様子などは、長さや形(窓枠)への興味があるからだと想像します。さらに窓から入ってくるお日様の強い光は、きっとブロックの色をさらに鮮やかに見せているのではないかと思います。そのことに気付いているかもしれません。
子どもたちは同じブロックを使っていても、日々成長していることで、見方も遊び方も発展しているのだと考えます。乳幼児が絵本や遊びの中で「もういっぺん!」を繰り返すのは、繰り返しの中に潜む楽しさのクライマックスを待ちわびる「うれしさ」と、いつも新しい何かを発見できる喜びがあることを分かっているからに違いないと思います。
そんな子どもたちとの触れ合いがあるから、保育士という仕事は「大人としての人間」をも成長させてくれる存在であると考えます。育児、保育が単なる「作業」に成り下がってしまえば、「楽しみ」は失せることでしょう。すべてが億劫で面倒な作業になってしまっては、子どもが成長できません、同時に大人も「親」として、「保育士」としての成長はそれまでとなります。
子どもにとっては「産んでもらい」、「育っていくこと」は人間としての最上級の喜び、大人にとって「産み」、「育てること」は、子どもの無垢な心と常に心も身体も伸びようとする自然な力から、「勇気」や「愛」、「慈しみ」の心をいただくこと。この両方の「感謝の心」があってこそ、成り立っていく関係性なのだと思います。
カテゴリ:教育
行事や交流を通して培われる心(質より量の時代)
2026.03.01


人の心と体は元々多様性に満ちた存在だと思います。受け入れようと思えば、未知の宇宙空間にも匹敵するほどの寛容な思いと動きに満ちているはずです(老子)。しかし生きる時間が長くなればなるほど、先入観や思い込みがそれらの広大な可能性を狭めていってしまうようにも思います。
誕生日はこの世に生まれた「命」を愛おしみ、生んでもらったことに感謝し、当たり前ではない日々を精一杯生きることを誓う日でもあります。幼い頃は父母、祖父母、保育者に無条件に受け止められることで、精一杯成長できるようによく食べ、よく遊び、よく寝ることで、頭と身体を成長させていくべきです。
何を祝福され喜んでもらっているかを子どもはよく分かっていません。しかし自分自身が喜ばれる存在であることは、徐々に理解できるようになっていきます。過剰な期待ではなくただただ存在していることだけが、大人にとっては喜びそのものです。考えてみればこの世に生まれるだけでも、それは「奇跡」と言える出来事です。
今日はお雛祭り【子どもや孫の幸せを祈り、病気や災いをさける心が、人形を中心とする節句行事「ひな祭り」を創りあげました。日本で産まれ、育まれてきたひな祭りは、まさに世界にどこにもない日本の貴重な伝統文化です。】も行いました。みんなで歌を唄い紙芝居(絵本)を観て、誕生月の子はお内裏様とお雛様になって成長を喜びあいました。
子どもたちに対する大人(親等)の願いは、健康に元気にすくすくと心も体も成長してもらいたい。ただこれだけで良いと思います。昨今は子どもに過剰な期待を押し付け、幼い頃から習い事に時間を費やしていますが、本来その時間は子どもが遊ぶことで様々な力を培う時間でもあるのです。
子どもの発達は「その時」を大切にしなければなりません。習い事で「あそび」、「なかま」との時間を過ごせないことは、将来子どもが大人になり力が逆転したときに、大きな反動(反抗、暴力)となって身近な人に向けられることもあります。子どもにとって心からたのしい「あそび」、「なかま」を奪っていないかどうか、振り返ってみる必要があります。
そして今日明日と児童発達支援施設「Fululu(フルル)民間施設」の子どもたちが、各10人遊びに来ます。ダウン症、自閉的傾向、こだわりの強い子等様々な子がいますが、園庭で遊んでいる姿はどの子もとても嬉しそうです。大きく異なる姿はそれほど目立ちません。
保育園の子どもたちも最初は少し戸惑いますが、回数を重ねていくことで、この機会がきっと他者とのやり取りに大きな影響を及ぼしていくことと思います。どんな子でも初めていく場所や会う人に対しては、「不安」、「警戒」等の心が働きます。同じ仲間と数か月一緒に過ごしている今の時期は、「安心感」がしっかりと心にあると思います。そんな時こそ「交流事業」の機会をたくさん持つべきだと考えます。
幼少の頃は人間関係の「質」より「量」が大切であることは確かです。たくさんの多様な人たち、人間関係に触れていくことが、オープンで理論的かつ優しく、思いやりのあるグローバルな人間性を育てるスタートラインになるものと信じます。
カテゴリ:教育
子どもの見通しの育ちと自然
2026.02.22

たくましくなってきたつくし組のこどもたち、園庭でも自由奔放に興味を持った事物に果敢に挑んでいます。いつしか危なっかしさも影を潜め、自信をもって取り組む様子は、観ていて心の底から嬉しい気持ちが湧き上がってきます。
1年近く保育園の園庭で過ごしていれば、「どこに何があって」、「ここからは何が見えて」、「備品やおもちゃはこんなふうに使うとおもしろいと」いうことも分かってきます。これが何度も目にしているもの、風景、人に対する「見通し」だと考えます。それはイコールいつもそこに有るといった「安心感」にもなっています。
季節がうつろい自然は徐々に姿を変えていきます。その変化に伴い植物、昆虫も大きく姿を変えていきます。その変化は、しばらくなかったものが久しぶりに現れる、そのことによって体験したときの「感動」がよみがえる瞬間でもあります。自然の変化は春夏秋冬そのスパンが長いため、日常の物品や人との接点とは、また異なる感覚だろうと思います。
数十年を重ねることで「待ち遠しい夏休み」、「はやくスキーがしたい」、「カキが食べたい」などのスパンの長い「見通し」は育っていきます。こればかりは長く生きることでしか、得られる感覚ではないかもしれないと思います。
だから子どもたちにとって自然はとても面白く、そして「挑みがいが大きい」相手です。いつまでたっても答えが出ない、今日も明日も今年も来年も、いつも何かしら未知の部分が浮かび上がってくるのが自然だと思います。しかし毎年の繰り返しを経験することで、暖かくなってきた春先には梅がいち早く花を開き、鳥のさえずりもいっぱい聞こえるようになってくるのだ、といった変化に気付ける感性が育っていきます。
そうすることによって「待ち遠しい」といった心も育っていきます。春が来るから、夏が来るから、冬が来るから、それなりの楽しみが見つけられる自然だからこそなせる業でもあります。
子どもには自然が必要です。それは人間では作り出すことのできない多様性が存在し、子どもばかりか大人の感性をも磨く要素を含むとてつもない魅力力を持っているからだと思います。
カテゴリ:教育
児童発達支援・放課後等デイサービス施設餅つき大会!
2026.01.24

fululunagoya.com
おはようございます。
先週の日曜日に中川区にある児童発達支援・放課後等デイサービス施設が行った餅つき大会に、来賓として参加させていただく機会がありました。「FululU(フルル)」という名前の施設です。【FululUの「lulu」には「宝石」・「貴重な」・「可愛い」という意味があります。fulには「Future」・「powerful」・「colorful」の3つの意味を込めています。未来に向かってそれぞれが自分の色を放ちたくましく生きていく!そんな全てのパワーの土台にある根っこを育てる場所。そんな療育を目指したいという想いが込められています。U =you 「あなた」の個性を生かし、子ども一人一人と向き合うという意味でUを大文字にかえ、表しています。そして、両サイドを挟む大文字には、大人がずっと見守っている・寄り添っていくよ、という気持ちが込められています。】
この施設の管理者さんは、実は私の教え子でもあるのですが、卒業後に母校のホームカミングデイ(同窓会)で再会し、施設を立ち上げたことを知りました。ご本人は若い時から様々に海外を旅し、その国ならではの「教育」を自分の目で見て体験し、各々のメリット、デメリットを現在の職場に生かしています。学校以外の居場所、療育が必要なこどもたち、保護者の皆様と共に歩む姿勢はとても素晴らしいものがあります。自らの足で役所や銀行を回り、門前払いが何度あっても諦めなかったそうです。そんな教え子(今は同等の立場です)がいることに私も誇りを感じます。会社組織で実践していくことは、自由もありますが、しっかりと採算も考えていかなければ事業を安定させていくことも叶いません。
代表には本園の園庭について、先日の焼き芋大会にお越しいただき環境を体験してもらいました。FululUの子どもたちが園庭に遊びに来てもらうようにお願いしたところ、「ぜひ遊びに来たい!」とお話されていました。様々な機会に様々な環境で生きる人たちと関わることはとてもよい経験です。本園の子どもたちもそんな出会いの機会を得られることで、これからの長い人生の中で必ず何かの役に立つはずです。人と人との前向きな関係性は、お互いが学びあい楽しさを分かち合い、自分の人生を豊かにしていくことに繋がると信じます。
カテゴリ:教育
子どもに寄り添うとは?
2026.01.18



子どもたちへの保育者の寄り添いには様々な方法があります。一言で「見守る」といっても、ただ子どもを見ているだけではなく、子どもの発達やその時の心の状態を探りながら、最も子どものためになる方法で寄り添うことを心がけます。
最初の写真の様に隣に座り、とにかく同じもの(バケツの中)を見るだけもありです。築山の寄り添いの様に、地面の砂を集めたり、一緒の行動をする、より積極的に「やってみせる」もあります。時と場合によってその関りは子どもの「邪魔」にならぬよう、行き詰っているときは「ヒント」となるような、遊びへの試行や言葉かけも行っていくのです。
そして「自転車タイヤで一緒に子どもと電車ごっこ!」これこそ子どもと同じ目線で遊びこむ大人の共有、同調的姿勢です。この寄り添いは、子どもにとって同じ遊びの楽しさを受け止めてもらい、思う通りに自分の考えと行動を行う満足感に繋がります。大人はその意図を最も良く分かってもらえる頼もしい存在(寄り添い)なのです。
さらに「うまくいかない時」、「泣けて悔しい時」、「おもちゃをとられて怒ってしまった時」等の負の気持ちが子ども心を支配したとき、寄り添って受け止め、収まるまでそばにいてもらうことは、「どうしようもならない自分の気持ち」を「安心」へと変えていきます。一見放っておくように見える時もありますが、保育士は子どもを陰からそっと観て心を探り、タイミングを見計らって声がけします。この声がけがとても大切です。
子ども心は動いています。その時に何を「望んでいるのか」をキャッチし、遊びが楽しく発展していくように、あるいはマイナスの心を受け止め理解しようとする姿勢を見せていくこと、何気なく手伝っていくことが私たちの職務です。その目的はこどもの「自発」、「心の立ち直り(レジリエンス)」を支援し、子ども自身が自分の手足と頭を使いきる満足に他なりません。そのための私たちの労力は、プロとしての誇りでもあり、疲れは充実感へと昇華されます。
子どもの成長は連続しています。最初に先生になって絵本を見せている子、それを懸命に見ている子同士は、「特定の仲間関係」と言えます。その後の園庭活動を見れば一目瞭然ですね!常に一緒に行動しています。ここが最初の集団行動(仲良い2人集団)と言えます。「だいすきだから」が理由で、おもちゃを譲る、我慢もする・・・・・等々、自分をコントロールする能力が芽生えてきます。
この育ちを大切にする必要があります。一般的に様々な関係性(嫌いな子・見知らぬ相手・関係性が薄いクラスの子)に対して柔軟な態度で臨めるようになる力は、この特定の関係性がある「気の合う子」、「気心が知れた子」との遊びを、十分に満足するまで行わなければ、次の小グループにおける「平等」、「公平」、「均等」等の考え方にたどり着きにくくなるのです。
心の発達は見えにくいですが、しっかりと手順を追う必要があります。その一つ一つを確認し不足があれば立ち止まり、補い体験を繰り返していく根気ある見方をしていく必要があるのです。人間の成長には様々な環境を必要とします。できるだけ公平で民主的な人間に育っていくためには、幼い時の環境こそしっかりと見つめていく大人の姿勢が大切です。幼児期の発達は見えにくいですが、「土台を作る」ために最も大切であるといっても過言ではありません。
カテゴリ:教育
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