お知らせ

子どもたちのワクワク感!

2024.09.01

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ここのところの夕立等で草や樹木は元気が戻ってきたようです。同時に湿気を含んだ草むらは、生き物にとっても、もってこいの環境になっています。昨夜「ダ―ウインがきた」を視ていたら、住宅街に住むヒキガエルの話をしていました。大きな庭がある一軒の家に小さな池があります(ビオトーブ)。そこに定期的(繁殖のときだけ)に集まるヒキガエルがいます。カメラを設置、GPS発振器などをカエルに装着したところ、普段は周囲の家の土の中で春眠していることが分かりました。生き物の知恵と次世代を残していくための生きる執念を感じました。

そんな生き物たちの生態、行動の特徴を子どもたちはフィールドワークを重ねることで記憶していきます。きっと昆虫好きの保育士に「そっと歩くのだよ、虫を驚かさないようにね」等言われたのでしょうか?最初の子どもたちの身体の構え(写真)は、明らかに草むらにひっそり隠れているだろう昆虫たちへの期待を見事に表現しています。

そっと近寄り周りをしっかり観察、発見すれば一気に容器をかぶせる!これらの手順と意気込みが伝わってきます。私も皆様もきっと子どもの頃、この「ワクワク」した期待感を持ったことがあるのではないでしょうか?捕まえたらどうするかは、にの次です。とにかくこのワクワク感を満たしたいばかりなのだと思います。そんなに気持ちを躍らせる時期は、普通の人は子どもの時しかありませんね!昆虫学者は別ですが。

さて新聞遊びでは様々な遊びを子ども自身が見つけ、素材のおもしろさに気付いていきますが、最初から参加する子ばかりではありません。その気持ちは尊重しながらも、実はしっかり素材の使い方を考えて「参加」している様子が写っています。これも子どもたちの意外な心をとらえるとても良い機会です。その場所(新聞で直接あそぶ位置)にいなくても、頭の中ではしっかり考えている。これも立派な参加方法なのです。子どもたちからは人間同士の心のやり取りなども学ぶ時があります。だからこそ子どもの言動だけで決めつけてはならないと振り返ります。

「理由があるはず」この見方をどんな場合にも持ち関わるゆとりが大人には必要です。純粋で真っ直ぐな心持を、成長過程の中で守っていけるのは、善良な大人の社会で育つ子ども自身が持っている力なのです。「まっすぐ生きる権利」を守る大人が子どもには必要です。

カテゴリ:発達

中心から末端へ!

2024.09.01

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実験 続行中!

「中心から末端へ」これが乳幼児発達の基本です。立ち上がる、歩くなどの動作は中心軸がしっかりしていくほどに、安定し危なっかしさがなくなっていきます。歩くだけではなく立ち止まることも様々な筋肉と、骨格、重たい頭や身体を支えるだけの脚力を必要とします。

また様々な物への興味が心を動かすことで、無意識に身体を使う動作へと連動していきます。そして何度も何度も繰り返す動作によって、身体使いはうまくなり心の満足感も得られるようになっていきます。その心がさらに「もっともっと」という欲求を生み出すことによって、同じ遊びを行いその遊びに飽き足らず、仲間や異年齢の子たち、保育士の提示などによって自らが獲得した身体使いを存分に行い、次の新たな挑戦を生み出していくのです。

人間は「欲」があるからこそ成長できます。しかし大人になると欲をコントロールしていく力が必要となります。必要以上の欲望は他者や自身の心身、物を壊すことさえあるからです。原動力であるはずの「意欲」は、使う対象によって良し悪しに繋がります。正しい欲の使い方も大人になるほどに身につけていかなければなりません。しかし乳幼児期に「欲」のコントロールは難しいことです。むしろ抑え込むこと(過干渉)は、成長を阻害しているとも言えます。そのために必要なことが多くの失敗です。発明家のエジソンは数々の名言を残しています。子どもたちの世界にも通用する言葉の数々があります。

「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ。」、「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。」、「私たちの最大の弱点は諦めることにある。成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ。」、「ほとんどすべての人間は、もうこれ以上アイデアを考えるのは不可能だというところまで行きつき、そこでやる気をなくしてしまう。勝負はそこからだというのに。」

カテゴリ:発達

虫嫌いになる一つの原因

2024.08.25



子どもたちは絵本、お話し、歌、手遊び、人形、ブロック、手作り玩具などの文化的教材に触れることでイメージを膨らませます。そして園庭環境にある自然素材と道具を使い、そのイメージを自分の手足で具体化しようと試みます。分かりやすく言えば、イメージを再現しようとするのです。そのための素材はやはり水や土に変えられるものは見当たりません。どちらにもバランスよく関わることでその意欲が持続されていきます。

また、仲間の介在は自分だけの関り以外の興味も運んできます。大好きな仲間、日頃から遊んでいる顔見知りの関係性は、「安心」といったファーストステップは既にクリアしているため、仲間が触れている、あるいは遊ぶ状況にすんなりと加わることを可能とするのです。

このように子どもたちの世界は、比較的躊躇なく興味ある事物に関わろうとする意欲を子ども自身が持っているからこそ、成長も大きく速く目覚ましいと言えると思います。中には怖がりで神経過敏な方もみえると思います。そのような場合はできるだけ大人は平静を保ち動じない姿勢が必要です。子どもは最も信頼する大人(親、保育者)の様子を見て、物事を判断、行動をも模倣ていることが数多くあります。昆虫をやみくもに怖がったり、気持ち悪いと表情に出し表現することで、子どもも同じ表現で生き物を避ける、必要以上に怖がる態度が身についてしまうこともあるのです。子どもたちはよく見ています。

そのようなことが起きないように「科学知」は必要になってきます。例えば「ハチ」、一言でハチとくくってもスズメバチなどの攻撃性が強く、毒も非常に強い危険なハチもいれば、めったに刺すことのないクマバチも存在します。他にも自然環境の中でクマやサルと目が合ったら目を離さない(睨むのではなく)と言われるのも、動物は自分や子どもの身を守るため、相手の動きに注目しているということです。目を逸(そ)らし、動き(特に速い行動)があるとクマは攻撃と判断し、突進してくることもあります。その場で落ち着いて行動することは中々難しいですが、大声や急速に逃げる等はかえって危険なようです。

自然の中にいることだけでも、子どもたちとっては掛け替えのない成長のチャンスです。しかしリスクも伴うため擁護する大人の知識と経験、適切な助言は必要です。上手に自然とお付き合いし、その素晴らしさ困難も大人として感じる機会がありましたら、ぜひチャレンジしてください。大いなる力はきっと親子が生きていくためのパワーとなることでしょう!

カテゴリ:発達

生活習慣とあそび

2024.07.28



昨日からハンカチの手洗い洗濯、調理道具洗い等、生活に欠かすことが出来ない動作を、水を通して遊び学んでいます。学ぶと言っても彼らにとっては「あそび」です。お水と布の関係、様々な形をした器と水との関係性をキャッチしていることでしょう!

イメージの中できっとお母さんの姿を思い浮かべている子もいるのではないでしょうか。そして絵本や歌などのイメージを具体化する文化的素材を扱うことで、より具体的な生活のイメージや夢の中のヒーローやストーリーを、現実の世界で表現しようとする力の育ちにもつながっていると感じます。

様々な体験が子どもたちの生活の中で再現され、試されていく過程の中で物と素材との関係性、人の役割やご家族、保育士から受ける愛情等、実に多くをもらい受け、いつの日かその恩を誰か、何かに送るときがやってきます。幼い頃はまさにそのための「練習期間」でもあります。

親も保育士も「普通に幸せになってほしい」、「世の中の役に立つ人になってほしい」、「人にやさしく」、「強く」、「たくましく」・・・・と様々な願いを幼い命に願っていることと思います。しかし乳児期は我慢や忍耐を強いるのではなく、ご家族を始め多くの大人から無条件の愛情をたくさん受けなければなりません。子どもはかわいがられることで自己の欲求を満たし、自立、自律し他者を思いやることが出来るように育っていくのです。0~3、4歳は特にこのことを肝に銘じておく必要があります。サバンナに生きる動物たちのように、生まれた直後から自らを守る能力はありませんが、人間の最大の能力である「脳の機能」は、段階を踏んで養護、教育されることで、初めて機能していくことが出来ます。早く大人になる必要などありません。今この瞬間を十二分に過ごす事(発達を十分に味わい尽くす)が最も大切なのです。

カテゴリ:発達

人間の成長は命尽きるまで!

2024.07.20



子どもたちは一分一秒の時間の流れの中で、自己の行動を選択決定し手足を動かし結果を見てまた考えます。その方法が自分の思うような結果であれば満足し、異なっていれば悔しい思いをしたり、このような感情を繰り返し体験することで、失敗をしても良い事、次の機会があることなども理解し覚えていきます。そうなのです!人生は失敗の連続です。いっぱいいっぱい失敗し、這い上がることに強くなっていけばよいのです。ケガも失敗も小さなころに小さく繰り返すことで、小さな事故には動じず、やがて大きなハードルにも挑戦していこうとする力強さを得ることが可能となります。

昨今若者が自分の居場所がなかったり、安住できる国日本にとどまり、自宅外、県外、海外、ひとりで暮らすことから意識的に遠ざかっているようです。確かに今の日本は生活することに便利であり、言葉も不自由なく通じあい、コミュニケーションも取りやすく、わざわざ自分が苦労して話が通じない環境へ赴く必要性も感じていないようです。島国で暮らす民族だからなおさら、自分以外のこと、他国の文化に積極的に触れ理解しようとする好奇な目線が必要です。

今後の世界は、よりグローバルな視点で物事を考えていかなければ、日本人同士がつぶしあい、そのうねりの中に埋没してしまうことになりかねません。そのためにも、幼いころから多様性、多世代に慣れ親しみ、その中でも善悪の判断、たくましく自己選択できる力を養っておくことが大切です。英語力ももちろん必要ですが、人間は言葉が通じなくても心で通じ合おうとする「意欲」、「気概」があれば、言わんとしていることは分かり合えるものです。根本の心根を鍛えておかなければなりません。

子どもたちには子どもたちなりの世界があります。大人の感覚では小さく見える園庭、校庭が、子どもにとってとてつもなく大きな場所として感じられることは、それだけ挑戦するにも勇気と思い切りが必要となる環境であるということです。このような感覚を乗り越えてきた子どもは、きっと大人になっても自身に降り注ぐ課題やハードルに果敢に挑戦できる心根を持てるに違いありません。ですから大人は知識技術偏重ではなく、子どもの心の成長を推し量ることが大切なのです。

カテゴリ:発達

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