あそびのクライマックス
2024.10.27

遊ぶ環境さえ与えられれば、子どもたちは知恵を絞り獲得した全身、手足指先の発達をフル活用し遊びこもうとします。そのことが子どもたち自身をさらなる<発達へと導くのです。
少しだけヒント(切る方向、丸める、束ねる、投げる)をあげれば、楽しさを感じ(大人では何ら楽しさを感じないことさえ)大喜び!何度も出会う新聞紙の性質(縦で切る)、変化(丸める、束ねる)、性質(硬く強くなる、ひらひらと舞う)に基づく動き方などを何度も夢中になって経験することで、その取り組みが高度化していきます。伸びようとしている心と身体には、世の中で起きている様々な物理的、科学的現象さえ大きな喜びとなるのです。だから自然現象、素材の変化は子どもの心の栄養といえます。
そして遊びのクライマックス(頭の上から落ちてくる新聞)に達し、身体と心の充たされた状態は安息(横になって息をつく瞬間)へと向かっていくのです。考え、動き、仲間や先生と存分に喜びを分かち合い、楽しい時間は過ぎていきます。
中々園庭の自然の中で遊びこむほどの満足や心地よい疲れは得られませんが、子どもたちにとって過ごし方が難しい室内活動は、大人の作り出す環境がとても大きな影響を及ぼすことは確かです。保育士も知恵を絞り、雨の日をどの様に過ごすべきか、試行錯誤し成功時は共に子どもたちと楽しさを共有することが大切です。子どもたちは喜びを分かつ人を求めています。つまりは一緒に素材まみれになり、大笑いし、大汗をかいて一緒に歩んでくれる人を欲しています。
時には一緒に悲しむ、慰めあう、ただただ抱きしめあうことも必要になります。人間関係の悲喜交々、喜怒哀楽の共有は理屈で解決できるものではないのです。同じ様に喜び、悲しんでくれる人がいるからこそ、自分の気持ちを受け止めることもできるようになり、一歩ずつ大きな人に成っていくのです。
カテゴリ:発達
孫からのメッセージ5
2024.10.23


おはようございます。
いつものように週末に孫が泊まりに来ました。日に日に成長がみられるのは嬉しいことですが、同時に下の子が生まれた影響で、赤ちゃん返り、少しのことで癇癪を起す、自分でも何が何だか分からない等の状況が増えてきました。家の中にいる時間が長いと悪循環が続くため、天気が良いのも幸いに、早朝、昼間、夕方と日に3度散歩に連れ出しました。外へ出れば見る物、会う人、昆虫、動物、植物すべてが新鮮で飽きることなく時間を満喫している様子で、帰宅しても比較的、食、排泄、睡眠などのリズムが整いやすいのは間違いありません。しかし私たちの体力は限界近くまですり減るのが実態です。正直息子2人は「これほど大変だったかな?」と、忘れてしまった記憶をたどってみるのでした。
しかし幼い子どもはやはり様々を私たちに教えてくれる存在です。「人一人を育てることは大変であること」、「欲求があるのは自然なこと」、「自分だけを見てほしいこと」、「応答をしてもらうことで安定できること」、「身近な大人こそ安心できる存在であること」、「信頼すべき人の表情や表現に敏感であること」等々、子どもが育っていくための出発点は、やはり最も身近において自分を観ていてくれる人の存在であることは間違いありません。祖父母の立場にある私たちも、自らの子どもが親となり、孫という掛け替えのない存在を与えられた家族として、精一杯豊かに育っていけるようにお手伝いをしていきたいと思います。
カテゴリ:発達
子ども同士の関係性と大人の役割
2024.10.11
1歳児クラスの世界



この頃の子どもたちは夢中になってしまえば、自分だけの世界(自己中心性)に没頭します。またこの世界観を充実させることが大切です。しかし、異年齢や同年齢が同じ場所に存在すれば、それはそれなりに何かしら影響しあいます。
1歳児の中に一人だけ大きなおにーちゃん(オレンジ帽子)がいます。それだけで子どもたちの心の中は何かしらざわついているのです。大人や自分より年齢が高いひとは、必ず新しい事や楽しいこと、挑戦性があることを自分の心に届けてくれることを知っているかのようです。
椅子から平均台へ場所を移動しただけのように見えますが、ただこれだけのことが子どもたちにとっては、新しい経験のように見受けられます。大人が楽しいと感じることと、子どもたちが心動かされることは次元が異なっているように感じます。最初に座っていた椅子(机)は、幅広で座ることに怖さを感じるものではありません。しかし平均台は座るところが細いため、自分の身体を真っすぐに保たないと後ろへ転がることになります。そんな挑戦もはらんでいるかのように感じます。その世界へ導いてもらったのは、他でもなく大きなおにーちゃんなのです!
様々な勇気を体験しながら、目の当たりにし子どもたちは自分だけの挑戦、遊びを展開していきます。山、砂場、生きもの等々同年齢の中で思うままに自分の世界を創造し作り上げようとします。そのお互いの世界は、時にぶつかり合ったり、邪魔しあったり、同調したり、同じ年齢だからこそ遠慮なく様々な感情をぶつけ合うことができるのです。これが異年齢だと遠慮や関心、優しさ、思いやりといった感情や行動を沸き立たせていく関係性になるのです。
よって異年齢と同年齢、その両方の環境は子どもたちにとって必要不可欠な関係性であることが分かります。そしてさらなる発達のカギとなるのはそこに関わる保育士(大人)の存在なのです。どんな働きかけが大切でしょうか?働きかけない働き(見守り)もあります。しかしそのすべてにおいて、私たち保育者は個々の子どもたちの成長に目的をもって関わる必要があります。放っておいては単なる安全確保者でしかありません。もちろん安全は何よりも大切です。しかし一歩踏み込んだ見方、働きかけをしてこその専門家なのです。



この頃の子どもたちは夢中になってしまえば、自分だけの世界(自己中心性)に没頭します。またこの世界観を充実させることが大切です。しかし、異年齢や同年齢が同じ場所に存在すれば、それはそれなりに何かしら影響しあいます。
1歳児の中に一人だけ大きなおにーちゃん(オレンジ帽子)がいます。それだけで子どもたちの心の中は何かしらざわついているのです。大人や自分より年齢が高いひとは、必ず新しい事や楽しいこと、挑戦性があることを自分の心に届けてくれることを知っているかのようです。
椅子から平均台へ場所を移動しただけのように見えますが、ただこれだけのことが子どもたちにとっては、新しい経験のように見受けられます。大人が楽しいと感じることと、子どもたちが心動かされることは次元が異なっているように感じます。最初に座っていた椅子(机)は、幅広で座ることに怖さを感じるものではありません。しかし平均台は座るところが細いため、自分の身体を真っすぐに保たないと後ろへ転がることになります。そんな挑戦もはらんでいるかのように感じます。その世界へ導いてもらったのは、他でもなく大きなおにーちゃんなのです!
様々な勇気を体験しながら、目の当たりにし子どもたちは自分だけの挑戦、遊びを展開していきます。山、砂場、生きもの等々同年齢の中で思うままに自分の世界を創造し作り上げようとします。そのお互いの世界は、時にぶつかり合ったり、邪魔しあったり、同調したり、同じ年齢だからこそ遠慮なく様々な感情をぶつけ合うことができるのです。これが異年齢だと遠慮や関心、優しさ、思いやりといった感情や行動を沸き立たせていく関係性になるのです。
よって異年齢と同年齢、その両方の環境は子どもたちにとって必要不可欠な関係性であることが分かります。そしてさらなる発達のカギとなるのはそこに関わる保育士(大人)の存在なのです。どんな働きかけが大切でしょうか?働きかけない働き(見守り)もあります。しかしそのすべてにおいて、私たち保育者は個々の子どもたちの成長に目的をもって関わる必要があります。放っておいては単なる安全確保者でしかありません。もちろん安全は何よりも大切です。しかし一歩踏み込んだ見方、働きかけをしてこその専門家なのです。
カテゴリ:発達
乳幼児期の大人の関りの大切さ
2024.10.11

今日から3日間は園庭開放日です。お天気が心配でしたが何とか持ちこたえ、涼しい園庭環境でたくさん遊ぶことが出来たようです。一般の親子様も2組参加され、園の説明もさせていただきました。
雨上がりのしっとりと湿り気の残る園庭は、乾ききった時と異なりそれなりの魅力が感じられます。穴にたまった水、泥、湿った重みのある土は、様々な入れ物、型抜きにしっかりと食いつき、きれいな形を再現できます。大人が作る土の型に子どもたちは大きな瞳で見入っています。「もっと もっと 作って!」と言わんばかりに、アイスクリーム、魚、アンパンマン、コップ、おわんなどを持ってきます。本人の力ではまだ完全な形を作る技術がありませんので、大人の作るものは憧れでもあるのです。
一気にたくさんの異年齢が集まって欲求を叶えようとすると、交通整理がとても大変です。それぞれの発達を大切に思いながら関わりますが、間に合わない時、自分の持ってきたものの区別がつかず未発達の子は、しばしば自分が使おうとすることではっきり主張するようになった大きな子とぶつかります。何を言われているのか分からない0,1歳児クラスの友だちは、怪訝そうな顔つきで動きを止めます。そんなやり取りの中にも、今は分かりませんが、自分の行動が他者が嫌がる場合もあることを学んでいきます。でも「遊びたい」、「おもしろい事、人」に関わりたい気持ちはどの年齢の子も同じです。発達の違いを感じながら精一杯調整し、しかしぶつかることも学びと捉え、嫌な気持ち(色で言えばグレー?)から何かをつかみ取ってほしいと願います。
そのようなやり取りの大切さも含め、園庭開放と説明を聞きにいらしたお母さまに保育園が大切にしていることをお伝えします。「0~3歳までの発達」、「親子の愛着形成」はどんな知識、技術を学ぶことよりも優先されなければなりません。その重要性はまさに人間になるための土台形成に他なりません。
この結論にたどり着くために私もずいぶん時間がかかりました。幼児(年小、中、長)、学童(小学生)、中高生、保育の専門学校生、様々な人々と関わる中で、「どうしてこのような考え方、言動になるのか?」といった、青年期を迎えた人たちの様々な問題に出会った時、遡ってたどり着いたのが乳児期でした。
乳児期がとても大切であるという結論は、人間としての土台を作る時期だからこそ、その初期段階において「人に頼る」、「愛されている感覚」、「自分自身を信じる気持ち、自己肯定感」を育てなければなりません。身近な人(親、祖父母、隣近所、多世代の人々)との親密な関係性から生まれる安心感は、出会う物事、人との関係性が広がって行く時に必要な土台になるのです。
言葉がない時代こそ、実は言葉、表情、スキンシップ等あらゆるコミュニケ―ション手段を駆使し、子どもたちとの関りを大切にしなければならないのです。コミュニケーションは言葉に潜む思いやニュアンスこそ伝わります。子ども時代を尊重するとは、もち得る能力を存分に使い、見たい、聴きたい、触れたい、嗅ぎたい等の感覚器官の欲求、好き、嫌い、怖い、寂しい等の正負の感情に十分に寄り添い、応答していくことで得られる安心感でもあると思います。
カテゴリ:発達
親子 仲間 人間同士の関係性
2024.10.06

さて今日は少し汗ばむ程度のさわやかな秋空の元、子どもたちは本格的にお外遊びができることを、体いっぱい感じている様子が随所に見られました。虫を捕まえるため走る、築山に登る、押し車を思い切りよく押して走る、砂場で集中する等、気候の良さはどの活動をも後押しする力になります。
そして2歳児クラスのみんなは、そろそろお友だちが気になる発達段階を迎えています。大人に甘える時間もまだまだ必要ですが、仲間の遊ぶ場所に一緒に居たい、少し手伝ってみたい、同じことをしたいなどの思いがちらほら見え隠れするようになってきました。「いっしょに」の具体的な方法は、思い付きが多く相手の考えと一致しないことも度々あるため、中々言い出せなかったり、伝えたとしても拒絶されたり怒らせてしまったりもあります。
人間同士はたとえ幼くても「相性」の良し悪しは大人と同じように存在します、だから自然に同じあそびであつまっている2人ないしは集団は相性が良いと考えて問題ありません。まずはその「小さななかま」からが、他者を知っていく、他者を慮る優しさを身につけるためのスタート地点だと言えます。無理に気の合わない集団で、うまくやれる力を求めるのは大人のエゴです。その年齢と発達に見合った仲間集団があればそれでよいのです。
ただ少し考えさせられるのが、その年齢だから「こうあらねばならぬ」といった考えです。必ずしも同じ年齢だから同じことが出来て当たり前と考えることは危険です。子育てはまずは「親子の関係」、「愛着関係の成立」が基本であり土台です。その関係性に不足があれば当然、仲間の行為行動を受け入れることよりも、自分の欲求を満たすことを本人は優先します。できるだけ幼い時にこの愛着関係をしっかりと作っておくことが、結局は仲間を受け入れる、他者の立場に立つ、これらをひっくるめて自律することが早くなることが分かっていることです。
子育て、保育の肝心なところに決して手を抜いてはなりません。手を抜いた分だけ親から離れられなくなるのが、子どもという「ちいさなひと」なのです。0~3、4歳までは親、家族との愛着関係を重点的に育てる期間です。大切なお子様をお預かりする保育園ですが、親の代わりはできません、また集団生活は個人の欲求を完全に満たせるわけでもありませんので、ご家庭でたくさん、たくさん「見つめる」、「スキンシップする」、「話しかける(言葉が理解できなくても)」、「言葉で応答する機会」を確保してあげてください。そんな時間=愛情をたくさん受けてきた子は、とても寂しいですが早く自立していきます。親も子離れの時期が訪れるのです。
カテゴリ:発達