武力の強さばかり?
2026.05.17

おはようございます。
トランプ政権は国民の関心を国外に向けさせ、強いアメリカの民主主義を武力行使によって推し進め、選挙に向けた支持を集めようとしているように言われています。イスラエルネタニヤフ首相も追随、いやアメリカの陰に隠れながら暴力を正当化しているようです。さて、日本はどうでしょうか?トランプ氏とうまく付き合い利用しながら、真意はやはり国の軍事力強化のため、憲法も改正し武力行使が可能な道筋を構築しているように見えます。そのための新たな法改正を行い、武器で稼いだり、防衛力を強めるための政府組織の創設を行うことで、有事に即時対応できる力を目指しています。そのことがはたして真に国民の生命を危険にさらすことを回避できるのか疑問です。決して準備した武力を使わないための政策や歯止の機関がないことで、安易で偶発的な武力行使が発生し、逆に攻撃の的となってしまうこともあるはずです。「強く」すると同時に「抑止」両面の機能が働かなければならないと思います。
アメリカの武力行使は「失敗」というより「悪」です。ブッシュ氏の時(イラク戦争)と同じ面もありますが、もっと粗雑な考えによって戦争は引き起こされました。イランの革命防衛隊、人民の力を侮ってはなりません。諸外国の一国民を愚弄した行為は、いずれ弾劾される時がやってくるでしょう。そのような国に追随すべきではないのです。そして、「豊かに・・・・」とは、経済面ばかりを指しているのではないことを深刻に捉えなければなりません。
日本人の心が豊かになっていれば、昨今頻発する事件事故は起きていないはずです。親、子殺し、ながら運転(車・自転車)による事故、闇バイト等々、すべてが人間性を失った人による過失や犯罪といえます。AI普及による電力確保量の拡大、野菜などの量産化のためのエネルギー消耗、どれも人間が利便性ばかりを追い求めていくことによる弊害といえます。深く考え毎日の言動をどの様に制御していくか、このことを考え実践していくことが、問題解決の道です。
カテゴリ:政治・国際状況
クヌギの生き残り術
2026.05.17
人的に作られた公園にそびえるクヌギの木
落ちたどんぐりから発芽し双葉の状態まで成長 しっかりとどんぐりと繋がっている まるでへその緒のようです
一定の方角のみにたくさんの双葉が見られる なぜだろう?おはようございます。
我が家のそばにある公園のクヌギの木の下には大きなどんぐりがたくさん落ちています。何本もあるクヌギのうち、数本の地面のある方角のみに、発芽し双葉が開いているどんぐりがありました。何千個?も落ちているどんぐりの中の、ほんの一握りのものしか発芽していません。想像するに発芽が起きる条件も僅かなのだと思います。光、水、木陰、人の踏み状況、その頻度や時間、量等様々な条件が一致したときのみ発芽に結びつくに違いありません。
しかしこの場所は公園のため、いずれ管理者か誰かによって、発芽した木は抜かれるなどして、その場には存在しないこととなるでしょう。これが人が足を踏み入れない場所だったら、生き延びることも可能だったかもしれません。いいえきっと柔らかな新芽は獣たちの食べ物になっているはずです。このように非常に小さな確率でしか、大きな木に育つチャンスは訪れないものと考えます。だからこそ大量のどんぐりを作り出し、何とか生き延びようとするのが植物です。でもどんぐりに穴をあけ産卵するゾウムシや、食べ物としてたくさん食べるクマなどの敵が存在しているのも自然界なのです。
「公園樹木」から掘り下げれば様々な動物、昆虫の世界へも視野が広がります。地球に生きている生き物、植物、土壌等の豊かな環境は人間生活を支える最も偉大な存在です。大切にすべきことに気付くべきです。
カテゴリ:生き物・自然・人間
相手を知る事!生き物も遊び道具も
2026.04.26
フジも森も生き物であふれています(フジの花に来る大型の丸いハチはおとなしいクマバチです)おはようございます。
フジ棚が花で満開になると、様々な生き物が蜜を集めに飛び交います。中でも「クマバチ(写真)」は、人間にも近寄り見事なホバリングを行う姿はとてもかわいらしくて面白いです。【クマバチとマルハナバチ 「ブーン」という大きな羽音から、どちらも非常に危険だと思われがちですが、危険性には大きな違いがあります。クマバチの危険性は、実は非常に低いです。まず、春先に私たちの顔の周りをしつこく飛び回って威嚇してくる(縄張り意識が強い)のはオスですが、オスには毒針がありません。メスは毒針を持っていますが、性格が非常におとなしく、巣に直接手を出したり、メスを素手で掴んだりしない限り、人を刺すことはほとんどありません。一方、マルハナバチは注意が必要です。こちらもメス(女王蜂と働き蜂)だけが毒針を持ちます。マルハナバチは社会性昆虫であり、巣(コロニー)を守る防衛本能を持っています。地中や草むらにある巣を知らずに踏みつけたり、刺激したりすると、働き蜂が一斉に襲いかかってくる危険性があります。マルハナバチの毒もアナフィラキシーショックを引き起こす可能性があるため、巣を見つけても絶対に近づいてはいけません。衛生面では、クマバチが家の軒先や柱に穴を開けるため、木造建築物にとっては「害虫」とされる側面があります。】
怖ろしさばかりが強調され公園からフジ棚は消えつつあります。生き物も危険だからと言って駆除し続ければ、子どもは危険生物に遭遇したときの回避方法を学べません。同じように築山に人工芝を貼ってしまうと、土の感触、どんな時に滑りやすくなるのか、微妙な傾斜やくぼみに対応する方法、身体使い(足さばき・体重移動・バランス)が身につきません。他にも過剰な滅菌、過剰な農薬使用等、一見子どもや人の安全を保障しているようですが、実はその逆です。虫に刺されたときの責任、山の形が崩れない、人間以外の生き物の駆除等すべて大人、人間都合なのです。責任はすべてが設置者にあるのではなく、そのような環境でしか育てられなかった社会、地域、時代、そして家族にもあるのです。「自己責任」という言葉も責任逃れの感が色濃く表れています。そうさせているのはいったい誰なのでしょうか?真の大人ならば考える必要があります。
公園遊具は適用年齢表示と公園遊具安全ラベルなどが表示されています。これはあくまで目安としてとらえておく必要があります。遊具は作成会社がおよその使用年齢制限を設けることで、事故発生時の責任問題に制限を設けているのです。子どもの発達は個人差がありますので、自分でやろうとする気持ちと体使いの発達を大人は見極めることが肝心です。自分でやってみようとする気持ちもないのに、手伝い過ぎでやらせてしまうのは「過干渉(余計なお世話)」となります。本人の自発を待ちましょう。逆に対象年齢が適応していなくても本人が乗り越えられる発達(心と身体)を得ていると家族が判断できれば、自発に基づき十分注意しながら見守るのも良いと思います。これが「発達に沿う」見方だと思います。
カテゴリ:教育
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