クマ ロシア どっち?自然でない侵入!
2025.12.06

おはようございます。
自然との共生はとても難しいことですが、一線を超えてしまった獣は害獣と決めつけられ、「駆除」という人間の勝手を押し付けられ命を奪われます。動物にもたとえ高度ではないにしても「こころ」があります。自然のままに生きている彼らを人間が滅する権利など本来はないはずです。しかし、偶然にも出会ってしまい、人間に危害を加えるという理由で殺戮せざるを得ません。私は罪の意識を感じます。
宮澤賢治は様々な童話を通じて生き物の宿命、人間と自然が共生するための考え方を示しています。「どんぐりと山猫」、「注文の多い料理店」、「よだかの星」、「なめとこ山の熊」、「フランドル農学校の豚」、「雪わたり」、「オツベルと象」、「セロ弾きのゴーシュ」挙げればきりがありません。一読をお勧めします。パロル社 小林敏也 画版をほぼ全巻持っていますので、ご希望があればお申し出ください。お貸しします!
さて、人間が他民族、他国を侵略する現実が今もまかり通っています。「クマの着ぐるみを身につけたプーチン大統領」、面白いとは思いますが、クマに失礼だと感じます。たとえとしてとらえておけばよいのですが、私としては大好きな佐藤さんだからこそ、少々残念に感じます。
カテゴリ:政治・国際状況
第五十九候「朔風払葉 (きたかぜこのはをはらう)」 11/27~12/1頃
2025.12.06

おはようございます。
【七十二候が小雪の次候に変わり、冷たい北風が、木の葉を散らす頃となりました。朔風とは北風のことで、木枯しを指します。日本海を渡る時に水分を含んだ北風は、山地にぶつかり日本海側では多くの雪を降らせます。そして、山を越えた太平洋側では乾燥した風になり、「空っ風」と呼ばれます。「朔」という字は、「はじめ」や「元へ帰る」という意味でも使われますが、十二支を方角に当てると、子 (ね) の方角は「北」となり、子は干支の最初に位することから、やがて「朔」は「北」を指すようになりました。葉を落とした木々の冬景色はどこか淋しげで、草木は一見枯れてしまったようにも見えますが、木の枝には小さな芽が出始めています。土に落ちた木の葉は「望み葉 (のぞみば)」といい、土の中で肥料となり、めぐりめぐって春を迎える植物の栄養となります。こうして草木は新たな季節に向けた準備を始めます。】
「望葉」とても良い命名ですね!幼い子どもにとっては父母、祖父母はこのような存在であるべきだと思います。もちろん大人自身の生き様、後ろ姿が「望葉」であることは確かです。「子どものため」とは紛れもなく唯一の人格を持ち、親きょうだいとも異なる人柄をもつ、唯一の存在を尊重していくことを指しているはずです。だからこそ育てられた恩にいつの日か気づき、親を大切に思う心も育っていくのです。

沖縄民謡 てぃんぐさぬ花(ホウセンカの花)
一、てぃんさぐぬ花や 爪先(ちみさち)に染(す)みてぃ 親(うや)ぬゆしぐとぅや 肝(ちむ)に染みり
<意味>ホウセンカの花は 爪先を染める 親の教えは 心に染みる
二、天(てぃん)ぬ群(む)り星(ぶ)しや 読(ゆ)みば読まりしが 親(うや)ぬゆしぐとぅや読みやならぬ
<意味>天の星々は 数えれば数え切れても 親の教えは 数え切れないものだ
三、夜(ゆる)走(は)らす船(ふに)や 子ぬ方星(にぬふぁぶし) 目当(みあ)てぃ 我(わ)ん生(な)ちぇる親(うや)や我んどぅ目当てぃ
<意味>夜の海を往く船は 北極星が目印 私を生んだ親は 私の目印
四、宝玉(たからだま)やてぃん 磨(みが)かにば錆(さび)す 朝夕(あさゆ)肝(ちむ)磨(みが)ち 浮世(うちゆ)渡(わた)ら
<意味>宝玉と言えど 磨かなければ錆びる 朝夕と心を磨いて 生きて行こう
五、誠(まくとぅ)する人や 後や何時(いじ)迄(まで)いん 思事(うむくとぅ)ん叶(かな)てぃ 千代(ちゆ)ぬ栄(さか)い
<意味>正直な人は 後々いつまでも 望みは叶い 末永く栄えるg>
六、なしば何事(なんぐとぅ)ん なゆる事(くとぅ)やしが なさぬ故(ゆい)からどぅ ならぬ定み
<意味>何事も為せば成る 為さないから 成らぬのだ
七、行(い)ち足(た)らん事(くとぅ)や一人(ちゅい)足(た)れ足(だ)れ 互(たげぇ)に補(うじな)てぃどぅ年や寄ゆる
<意味>一人で出来ないことは 助け合いなさい 互いに補い合って 年を重ねていくのだ
八、あてぃん喜ぶな 失なてぃん泣くな 人のよしあしや 後ど知ゆる
<意味>有っても喜ぶな 失っても嘆くな それが良いか悪いかは 後になって分かることだ
九、栄(さかい)てぃゆく中に 慎しまななゆみ ゆかるほど稲や あぶし枕ぃ
<意味>栄えても 謙虚でいろ 実るほど頭を垂れる稲穂が あぜ道を枕にするように
十、朝夕寄せ言や 他所(よそ)の上も見ちょてぃ 老いのい言葉(くとぅば)の 余りと思(うむ)ぅな
<意味>お年寄りの言葉にはいつでも 世間を見習い耳を傾けよ 老人の繰り言だと侮るな
カテゴリ:教える・伝える
孫の成長に思う
2025.11.30


おはようございます。
先週孫が遊びに来ました。相変わらずのパワー全開で一緒に遊ぶにも体力を小出しにしながらの対応になります。しかし、子どもの成長は目覚ましく、遊び方もだんだん緻密になっていきます。そして集中力も増し大人のお話もよく理解できるようになってきました。大変な時期があってもしっかりと付き合っていれば、いずれ本人が欲求を十分に満たすことでこのような時がやってくることは、祖父という立場からはよくわかります。嬉しいことです!
写真は工事現場(トミカ)と平面の道路、工事現場で働く車シリーズを自分で組み合わせた遊びの様子です。工事現場の小さなオレンジボールをクレーンでベルトコンベヤーに運び、様々なネジ(回すのが少し難しい)を使いクレーンを操作(手っ取り早く手動で行う)、コンベアーを動かして、最終的にトラックの荷台に乗せます。そしてまたクレーン車の材料置き場へ移動し、ダンプカーのやねを傾けボールを落とします。たまに「ガソリンを入れてください!」と仕掛けを投げかけると、「ハイ!」と返事し平面のガソリンスタンドで給油しまた戻ってきます。
本人はこの遊びが大好きで、我が家へ来るといつもこの遊びがしたいと伝えてきます(妹が口に入れる為我が家でしか使えない、このことも良く分かっています。)!そのように孫との遊び方も体を激しく動かす遊びばかりではなく、頭を使い指先を使う「見立て」、「つもり」等の「遊びらしき・・・」も見られるようになってきました。これからの遊びの深まりに期待を膨らませ目を細めるジージです。
カテゴリ:子育て
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