イチゴ狩り
2025.06.01

おはようございます。
5月始めに長男家族(孫二人)と半田へいちご狩りに行く予定が、孫の発熱で行けなかったためとても残念に感じていました。しかし我が家の細々と歴代育てているイチゴが、今年は小さいながらよく実を付けているので、孫といちご狩りリベンジを行いました。孫もイチゴを食べるのが大好きで、赤く熟した実だけを一所懸命もいでいました。いよいよ食べるため軽く水洗いし口にした瞬間、酸っぱさに驚き吐き出してしまいました。市販のイチゴとはまるで異なる酸っぱさにきっと驚いたに違いないですね!
これでいいと思いました。子どもの頃からあまりにもおいしいモノばかり食べていたら、口に合わないものは食べなくなっていきます。この酸味を「おいしい」と感じられるような体験、例えばいっぱい汗をかく、山登りする、喉がカラカラに渇く等を経験しなければ、そのおいしさは感じることが出来ないと思います。もうしばらくそんな時が訪れることを待つことにします。
子どもは紆余曲折しながら、時に間違いを起こし、軌道修正しながら自分の人生を築き上げていかなければなりません。その一度きりの人生は本人が決めていくのです。しかし、間違った線路を走り出したときに帆走している大人がまだ必要でもあります。真剣に向き合い自分を信じてくれる人は、心ある教師、先輩、仲間でもありますが、最後は親しかいないのです。親のありがたみは自分の子どもを育てているときにこそ感じることが出来ます。そして孝行したいときに親はもういなくなっているのです。これがずっと以前からつながる人間の世界だと思います。
カテゴリ:発達
令和の米騒動
2025.06.01


おはようございます。
江藤農林水産大臣が更迭され、新たに小泉氏が指名されました。以前農水大臣の経験がありさすがに対応は早かったですね。店頭に5キロ2,000円台の国産米がようやく出回るのも近いと思いたいです。米は日本人の主食でもあり、今後も米食文化は引き継いでいきたいですね。そのためにも食料自給率を高めるため、若い力が農業に従事しやすいような施策をお願いしたいものです。製品となった農産物に晒されていく子どもたちも、食材の大切さを学んでいかなければ、「お金で買える食材」としか目には映らない時代です。教育面でも土に触れ、家畜の飼育や命をいただいていることを実地の体験で学んでいく必要があります。
【小泉氏は終了後に報道陣の取材に応じ、「異常な価格高騰が続くことは、コメ農家のためにもならないという思いでやっている」などと理解を求めたところ、「農家の方にも『よくわかった』と言っていただけた。ありがたかった」と述べた。関係者の意見を聴く中で、北海道と首都圏ではコメの「不足感」に違いを感じたとし、「全国の中で、本当に足りないところに、どのようにコメを届けていけるか。流通のあり方の解明も含めてやっていかなければいけない」と語った。また、「『コメは作らないで』という農政から、意欲をもって作り、余っても海外輸出するなど中長期を見据えた農政の根本的改革を実現したい」とも述べた。-朝日デジタル】
カテゴリ:政治・国際状況
地域で育てる絆!
2025.05.25

おはようございます。
児童養護施設を地域の人たちが自由に行き交う敷地の中心に据えた「実籾(みもみ)パークサイド」が千葉県習志野にオープンしました(25年3月)。認知症高齢者グループホーム、障害児の放課後デイサービスも共にあり、新たな試みを展開しています【外に開かれた施設とすることで、様々な人と子どもが混じり合い、地域とゆるやかにつながっていく。その中で、子どもたちが当たり前に安心して生活できる場所、そして大人になっても帰ってこられるような家を作りたいと〈福祉楽団〉は考えています。《こここ 福祉をたずねるクリエイティブマガジンhttps://co-coco.jp/news/mimomiparksidehouse/》)。】
養護施設と言えば私たちが子どもの頃は、「悪いことをする子がいる」、「隔離されている」など、決して良いイメージでとらえられてはいませんでした。どうしてそのようなイメージが定着したかは、やはり日本人の様々な人との違いを忌避する「区別」にあったと思います。今では一般の普通の家庭の子どもたちでさえ犯罪に手を染めてしまう時代、何に問題があるのかを特に「報道」関係者は、事実報道ばかりではなく慎重に正確に深く掘り下げた上で(速さだけを価値とせず)、世間に伝える義務があると考えます。
元々優しく共生力を持った民族である日本人であることを、生かせるような環境を作っていくべきだと思います。そういった意味では上記のような共生環境、様々な世代が気さくに触れ合える場所を相応しい立地や行事、環境をもって資金を供出し作り出していくことが、現代の少子高齢社会には必要だと思います。紙面(中日 子育て)中「多様な世代や状態の人たちが開かれた空間で暮らすことにより、支えられる側が時には支える側になる機会も生まれ、役割の創出や自尊感情の回復にも寄与することが期待できる」、「地域の人たちがあまり交流のなかった認知症高齢者や障害者と同じ住民として出会う経験は、偏見や分断の解消につながり、地域共生社会の推進につながる」と上智大学鏑木奈津子准教授は述べています。共生的な社会を目指す場所を考えている人々は他にもたくさんいます。個の生活から少しだけはみ出てみることは、結局は自分たちの豊かな生活として自分に返ってくることを思うと、身近に踏み出せるところを探すことはそれほど難しい事ではないかもしれません。
カテゴリ:福祉