12月8日太平洋戦争開戦の日 第六十一候「閉塞成冬 (そらさむくふゆとなる)」 12/7~12/11頃
2025.12.14

おはようございます。
【七十二候が大雪の初候に変わり、天地の気が塞がれ、本格的な冬が訪れる頃となりました。
重く広がった灰色の雲が空をふさぎ、今にも雪が降り出しそうな空模様を「雪曇り」と言いますが、特にこの時季の日本海側の空は、この言葉がぴったりと当てはまります。山はすっかり雪化粧をし、平地にも寒風が吹き、全国的に冬一色になる季節です。】
先週末鈴鹿山脈がうっすらと雪化粧しているのが見えました。毎日堤防道路を1号線に向かって走っていると、雄大な自然の風景に季節の変化を感じられます。この時期庄内川は、早朝靄(もや)がかかり幻想的な様子を見せてくれます。また鴈が群れでV字飛行の練習をしている光景も見られます。長い通勤路の楽しみの一つです。


12月8日太平洋戦争開戦の日
84年前の今日は日本がアメリカに宣戦布告し、真珠湾を奇襲攻撃した日です。外交的努力によって戦争を回避する政治の努力はなかったわけではありませんが、結局開戦を決断し多くの犠牲者と他国に対する許されざる多大な迷惑をかけました。私も含めたとえ当事者でなかったとしても、この史実をしっかりと心に留めて今を生きていかなければなりません。
開戦前に日本は経験と学識の豊富な者を抜擢し「総力戦研究所【この機関は国家総力戦に関する基本的な調査研究と“研究生”として各官庁・陸海軍・民間などから選抜された若手エリートたちに対し、総力戦体制に向けた教育と訓練を目的としたものであった。1945年(昭和20年)4月1日付施行の勅令第115号により廃止。研究生たちは7月から8月にかけて研究所側から出される想定情況と課題に応じて軍事・外交・経済の各局面での具体的な事項(兵器増産の見通しや食糧・燃料の自給度や運送経路、同盟国との連携など)について各種データを基に分析し、日米戦争の展開を研究予測した。その結果は、「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に青国(日本)の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能」という「日本必敗」の結論を導き出した。これは、現実の日米戦争における戦局推移とほぼ合致するものであった(原子爆弾の登場は想定外だった)。】」を創設しました。
必敗の結論も生かされることなく、結局日本は開戦を決断し、多大な犠牲と他国への多大な迷惑をかける結果を生み出しました。軍部、政治、天皇に責任があることはもとより、噓の情報で戦意を煽ったメディア、真実に目を背け戦時体制に加担した国民にも責任はあります。この事は現代社会にも同じことが言えます。アメリカ国民の選択と混乱、日本社会の現状を考えればわかることです。
開戦日、終戦日、いまだに各国で起こる戦争について、深く考え現実世界を見つめ、政治を監視していく役割こそ私たち国民の義務であると考えます。
カテゴリ:戦争
孫ありて我あり 我ありて孫あり
2025.12.06

おはようございます。
今の時期孫が週に一度はやってきます。長男夫婦の引っ越しが近いため荷物を片づける、運ぶなどの準備に追われるからです。乳児さんを抱えての引っ越しはとても大変だと思います。私たち夫婦は子どもが小学生になってからでしたので、仲間と遊んだり、手伝うなどができたから、さほど見守りに労苦はなかった記憶があります。ライフステージの中で子どもの成長と共に部屋が手狭になること、家族を一つにしていくための引っ越し、このイベントに対しても家族は大切な役割があると感じます。
保護者の皆様の中には、近くに親きょうだいがいらっしゃらないため負担が増し、夢と希望に満ちた喜ばしいはずの日々が、「忍耐」に押しつぶされそうになってしまいそうな思いも感じられた方がいらっしゃるかもしれません。そんなことを我身に感じさせてくれているのが、保護者の皆さまと我が孫の存在です。身内の助けを借りることができなければ、時期を考えた上で、公共サービスを気軽に使えるような仕組みがあれば、もう少し楽になるのではないかと思います。
もちろん前向きな行政、乳幼児教育関連支援機関、株式組織などは現代社会にたくさんありますが、地方自治体によってサービスに差異があるのも事実です。近いところで言えば飛島村は、漸く宅地造成を始め新規居住者を住まわせようと動き始めました。いくら企業の税収入が多く一部の人たちだけが豊かな恩恵を受けられたとしても、高齢化、少子化によってその対象自体がなくなれば、地域は衰退の道をたどります。また、日進市は道の駅「マチテラス日進」を作り観光客の誘致と地元住民の子どもから高齢者までを対象とした交流空間をオープンしました。少し遠いですがぜひ覗いてみてください。幼児教育教材会社「ジャクエツ」、様々な地元農産物、加工食品生産者、飲食店とのコラボによって、それぞれの年代が楽しく時間を過ごせる空間となっています。

蟹江町も様々に資金と知恵を出し、「泉人」、「にこにこママ」、「祭人」等の施設を開放しています。しかしまだまだ発展途上であること、「子育てに優しい町」を自称するには足りないことが多々あると考えます。ぜひ多様な視点と思い切りよい施策を実行し、地の利を生かした対面事業(リモートばかりで人は育たない)を活性化していただければと考えます。
「孫ありて我あり 我ありて孫あり」身近なところから未来を見据え、これからを生き切り開かなければならない子どもたちのためにも、私たち大人が頑張らなければなりません。「自らで未来を切り開く」、大人として子どもたちに自分の生きる背中で伝えていくことが大切です。「人間社会の継続」は、自分だけにとどまらない「利他の精神」が基底になければならないのです。
カテゴリ:子育て
香港高層マンション火災
2025.12.06

おはようございます。
香港で高層マンション8棟がほぼ全焼し、多くの人々が命を落とされました。心から哀悼の意を表し、二度と同じことが起こらぬように対策を急ぎ進めていただきたいと願います。
香港では昔から建築用の足場として竹が使われています。様々な放映画像でご覧になった方もおいでになるのではないでしょうか?竹は柔軟性に富む、安価である、組み立てやすさなどが優先され建築資材としても重宝されます。日本でも土壁材の骨組みとして、エツリ、小舞などの真竹?と考えられる品種が今もなお使用されています。土壁の中に埋まってしまうため、直接見えるわけではありません。そのため防火上さほど問題はないと言えるのでしょうが、実は竹は着火すると、成分に油が多くとても良く燃えるというメリット、デメリットがあります。
野外活動などでも私自身よく使います。樹木間の高さ3メートルほどに太い孟宗竹を渡し、ひもで平行にしっかりと止めます。そしてロープワークでブランコを手作りしたり、雨の日に竹で組んだ棚の上に、割竹を並べその上に砂を敷き詰め、立ち竈(かまど)を作ります。雨でも火の位置が地面にないため、食事を作ることができるのです。また細かく鉈(なた)ですくことで着火剤としても使います。その他にも「竹」の用途は様々(竹とんぼ、ペーパーナイフ、ごはんを炊く筒)です。
しかし、香港の様に不幸にして足場が燃えたことは、大量の着火剤としての役目を果たし、燃えやすい足場落下防止ネット、高層マンションの風の通り道も重なり、みるみるうちに恐ろしい事態となってしまったのです。早速香港当局は足場を金属で施工することを指示したそうです。多くのかけがのない命が失われてでしか、対応できなかった痛恨の教訓となったことに痛ましさを覚えます。
カテゴリ:事件
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