我が家の幼虫の行方?
2026.06.13
引越しした木の葉はすべてなくなり 幼虫の姿もすべてなくなりましたおはようございます。
先週末次男が孫を連れ訪問、途中でいつものように長男の孫兄妹を保育園に迎えに行き、久しぶりに孫同士が対面しました。保育園でも同じですが、幼い者同士の間でも、自分よりも幼い子どもに対しては、優しく触れようとする、興味深くよりたくさんの時間観察する等の行動が見られます。本能的に自分よりも弱い存在について分かっているようにも見えます。家族、親戚の存在が少なくなり、ますます身近な縁者がなくなっていく社会ですが、元をたどれば人間はどこかでつなっがっていることは間違いないので、お互いが交流できる場を意識し作っていく必要はありますね。
わずか2日で引越ししたミカンの木が丸裸になり、幼虫はどこかへ行ってしまったのか?付近を捜しましたが、姿を見つけることはできませんでした。考えられる原因は「餌がなくなり新たな場所を探しに移動した」、「葉がなくなり外敵に見つかり捕食された」、まだ体の色が緑になっていないもの、小さな個体もいましたので、大きな移動はあまり考えられません。毎年繰り返されているであろう自然の過酷さに思いが及びます。
カテゴリ:生き物・自然・人間
我が家のアゲハ幼虫
2026.06.13
食べつくされミカンの葉は1枚も残っていません
もう一本に引っ越したのはよかったけれども・・・・おはようございます。
ナミアゲハはどこの地域でも比較的簡単に見つけることができます。私の自宅のミカンの鉢にも、毎年卵が産みつけられるのですが、ご覧の通りたくさん卵から孵ったことで餌であるミカンの葉っぱは足りなくなってしまいます。もう一鉢に引っ越しをする個体もいますが、同じ葉でないことが分かると食べないことが多いです。何故だろうと不思議に思いますが、偏食の強さが自分の身を護るためでもあるようです。成虫まで生き残る可能性が低い昆虫は、たくさんの卵を産み付けます。さすがに樹木の大きさや葉の量までは考えていないため、餌の不足が起きることは致命的な結果を生むことも、自然界の厳しい掟なのかもしれません。人間が他のミカンの木に移したとしても、そのことを受け入れられないのが「自然」でもあることを学びます。だからこそ昆虫の生き残りは多様で大量で、あらゆる危機に対しても、希少な確率で命を繋いでいけるようにできているのだと思います。それほど軟ではないですね。
カテゴリ:生き物・自然・人間
イラン レバノン アメリカ イスラエル
2026.06.13

おはようございます。既にこの話題は日常化してしまいました。イラン、アメリカ双方の発表はいつも食い違い、イスラエルは攻撃を続け、ヒズボラは停戦はあり得ないと激怒し、憎しみの応酬は留まるための糸口さえ見えてこない状況が続いています。アメリカは戦争を仕掛けた責任をどのように負うのでしょうか?既に次の標的であるキューバには、石油の輸出規制で国民生活は貧困に喘ぎ、飢餓の話も聞こえてきます。米政権は世界の一般市民を巻き添えにし、軍事力をチラつかせ時に実力行使し、力で他国をねじ伏せようとしています。反民主的な手段をもって自己を押し通すことがまかり通てしまっては、秩序は崩壊しているに等しいです。
影響力を持つべき日本をはじめとする国々は、いったい何をしているのでしょうか?大国の陰におびえながら自己主張できない国に一貫した理念はあるのでしょうか?「やめてしまえ!」人間の浅はかさに愛想をつかした天の力は、そのように裁定をくだすことも近いように感じます。文明が発展しても人間の心は何も進歩していません。
理性的な心で自己の行動を制御してきたはずの人間が、すべての地球上にあるものを欲得のために利用し、利己的になれば人類は自らの手によって、自らのすべてを破壊していくことになるでしょう。理性的人間が結束し、今の世界情勢を変えていくことを望みます。そして私たちも国境や思考を超えてその一員になるべきです。
カテゴリ:政治・国際状況
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