お知らせ

第六十九候「雉始雊 (きじはじめてなく)」 1/15~1/19頃

2026.01.18

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おはようございます。
【七十二候が小寒の末候に変わり、雉のオスがメスを求めて鳴き始める頃となりました。雉のメスは全体的に茶褐色をしていますが、オスは目の周りに赤い肉腫があり、深緑色を主色とした長く複雑美麗な羽をもっています。早春の発情期になると、オスは「ケーンケーン」と甲高く鋭い声で鳴いて縄張り宣言をします。また、雉は地震を予知して鳴くと言われ、古くからその挙動が注目されてきました。これは、足の裏で震動を敏感に察知出来るからだそうで、地震・雷などの時に雉が鳴くことを「音合わせ」といいます。雉は日本の国鳥で、古名をキギスまたはキギシといい、それが転じて「キジ」になったそうです。宮廷や貴族の間では美味なるものとして好まれ、雉子の切身を焼いて熱燗の清酒をかけた「御雉子 (おきじ)=雉子酒」は、天皇が正月の祝いに用いたとされています。】

altかぐや姫の物語 スタジオジブリ
altセブンイヤーズインチベット
altグリーンマイル
ナマズや雉等昔から言い伝えられていることは、まんざら嘘ではありません。様々な変化に敏感な野生動物の本能は侮れません。人間も生き物の一部ですので、潜在的に本能に危険を察知する力は残されているのではないかと思います。何十年も前にセブンイヤーズインチベット、シックスセンス、おくりびと、グリーンマイル等の映画を見たことがあります。特別な人間が持つスピリチュアルな能力、感性を磨くことで様々なことが分かるようになる可能性などを描いた作品だったと思います。ここまでの力が持てなくても、普段の生活の中で感性を深め、人間性を高めていくことは可能だと思います。一度しかない人生、1分1秒を大切にしたいですね!

カテゴリ:生き方

ドンロー主義に助け合いはない!

2026.01.18

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おはようございます。
昨年の年末から新年までを佐藤正明さんの漫画で振り返ります。新年に入りしばらく佐藤さんもお休みだったのでしょうか?そう簡単にはアイディアは出ないにもかかわらず、政治風刺を笑いに変えて批判する目線を失わない氏の識見に今年も感心しながら、政治と世界を考えていきたいと思います。
年明け早々にまたもやアメリカトランプ政権は、大胆な発言と実行を行い世界を驚かせ混乱を招いています。ベネズエラ攻撃大統領拘束、グリーンランド取得発表、イランへの介入警告等を実行あるいはほのめかし、主権国家の内政に干渉しています。益々勢いを増す極端な政策への傾倒は、とうとう様々な公的世界機関からの脱退、堂々と中南米を支配し、自国のために利権を確保しようとする身勝手な実力行使となっています。また国内に対しても激しい不法?移民排除を行うなど留まるところを知りません。
本人は「モンロー主義【アメリカ合衆国がヨーロッパ諸国に対して、南北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱したことを指す。-ウエッジオンライン】」を掲げ、「ドンロー主義」等とふざけた建前で改革を行っているつもりのようですが、世界に不信と敵対、分断等を誘発していることは間違いありません。トランプ氏の主張は過去のアメリカの「帝国主義【中南米を米国の裏庭ととらえる考え方は、続くウィリアム・タフト大統領やウッドロー・ウィルソン大統領にも継承された。ウィルソン大統領は、自由や民主主義などの米国的理念を中南米諸国に広げることを重視し、その外交政策は宣教師外交と呼ばれた。このような米国の影響力の拡大は、例外主義的な発想に加えて、帝国主義的な発想を伴っていた。もっとも、先住民の領土を収奪した19世紀とは異なり、20世紀以降の米国では他国の領土を領有する発想は弱くなっている。-ウエッジオンライン】」、「例外主義【アメリカは特別=米国外交の伝統について考える上では、建国の理念、そしてそれ以降の歴史を振り返る必要がある。英国からの独立を果たした米国は、神によって認められた共和国だと自己規定する傾向が強かった。絶対的な権力者である君主を擁する、腐敗した欧州とは異なるという発想を建国当初から強く持ち続けていたのである。-ウエッジオンライン】」
さてこのような法と秩序を無視した政策はいつまで続くのでしょうか?ベネズエラの国民は一時的に独裁政権から解放され、嬉しさも感じているようですが(ノーベル平和賞を授与されたマチャド氏までトランプ氏に譲渡を申し出た)、国際的なルールを例外主義的に行ってきた大国が、自己中心性を存分に発揮していくような方法で、今まで築いてきた世界の安定を一気に壊していいのでしょうか?人間の尊ぶべき精神は、倫理道徳を曲げないところにあるはずです。にもかかわらず、今まで世界をリードしてきた国が、歯止である最低限のルールさえ壊していく国となり下がるのであれば、それは人類の危機といえます。

カテゴリ:政治・国際状況

子どもたちの世界から学ぶこと

2026.01.12

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人、モノがあればそこにはやり取りが生まれます。気に入らないやり取り(取ったとられた)、嬉しいやり取り(してもらった、まってくれた)等々、人間同士は何かと物を通じて、ある時は力づく、成長すれば言葉によって自己を主張し、意見が通らなければ怒ったり泣いたり、譲歩があれば嬉しくなる。そんなことの繰り返しをしていくうちに、自分と相手の満足を得られる状況を見つけだしていくのだと思います。

人間同士は紛争や諍いを解決するために法律や条例を設けました。しかし本来は目に見える形のルールではなく、倫理や道徳、お互いの慮りの中で物事を解決していくことが理想です。人間が人間らしくいられるのは、四角四面に法律に沿う生き方がすべて正しいわけではないと思います。

そんなことを考えていると昨今の大人の世界は、実に非人間的な行動が目立ちます。紛争を武力、圧力によって解決しようとする、縁もゆかりもない相手の財産や命まで奪う極悪犯罪等、悪いモデルを子どもたちに見せているのが、大人?そして世界のリーダーたちの姿だと思います。このような様を子どもたちに見せていくことは、教育以前の問題であることは間違いないですね。

さて、純粋、純朴な子どもたちの世界に立ち返りましょう。ままごとの場面ではお友だちが場所を使っていることに対し、終わるのを待っている子どもの姿があります。何であるのかは定かではありませんが、「物を交換したり、返してあげる」場面が写っています。このような行動は、一緒に暮らしている仲間との暗黙の了解の中で、成り立っている関係性だと感じます。

決して決めつけで相手を判断するのではなく、いつも一緒にいるという安心感のなかで、共に許しあえている関係性が自然に存在しているのが、子どもたちが作り出す世界なのです。この様な人間らしさを大人になるまで守っていかなければなりません。大人の偏見や決めつけ、否定、条件付け、交換条件などを、子どものころから経験していけば、心がねじ曲がることは目に見えています。

子どもたちはいつまでも純粋、純朴でいられるとは言えません。ですが子どもの頃に出会った楽しさや嬉しさ、苦しさや悲しみに出会った時に、大人に優しくしてもらう、手を握ってもらったことで得た安心感は、生涯一人の人間の成長過程における、心の支えとなっていくのです。記憶として場面場面で残っていなくても、「考え方」、「思考特性」として後天的に影響を与え続けていくこととなります。

3歳までは特にこの「養護的関り」が大切です。その後は絶対的安心感で得られた自己肯定感と仲間と共に過ごすことの楽しさを通じて、少しばかりの負の心に負けず、自分の信じた道を歩けるようになっていきます。またその力は教科学習の習得にも影響を与えていきます。

子どもの保育教育は順番が大切です。上記のような順序は尊重しなければなりません。知識技術を先取りした教育は、最終的には心の力が足りないため、どこかで歪が現れます。そうならないように、「今」は子どもたちの生活に、ある程度の時間と中身ある関りを持つべき時だと思います。

カテゴリ:教える・伝える

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