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卒園生、転園生のみなさんへ20

2023.05.30

ネパール 遊動民 ラウテ(森の王)に学ぶ

おはようございます。はるか南の海上では、台風2号が巨大な勢力を保ったまま北上しようとしています。日本列島に近づくことも予想され、地震も起きている最中、大きな災害とならないように祈るのみです。
さて、5月も残り2日です。子どもたちも環境に慣れ、それぞれに安定しつつありますが、気候の変化に対応しきれず、体調を崩される方も増えています。お気を付けください。
撮りだめたBS放送でドキュメンタリーを観ました。ネパールの奥地に「ラウテ」という遊動民(一定の期間で生活の場を変え生きる民)が生活しています。ラウテは900年前に戦いに敗れ、山深くで隠れて目立たぬように生きるため、必要以外はできるだけ外部との接触を避け、ヤギ、豚、鶏などの他定住民族が口にする家畜を食べず、サルのみを食べています。これは同じ食べ物による争いを避けるための知恵だそうです。また、他の食物は移動生活のため育てるということはせず、一時的に居留地の木材を少量伐採し、独特な手斧技術で器や家具を作り、村々を巡り物々交換をすることで食材を得ていました。木の伐採も15年周期くらいで元の場所に戻ってくるため、そのころには樹木が復活していることで、再び糧を得ることができる合理的な行動原理とも言えます。徹底的に他者と争わず、自然を痛めつけない生き方をすることで、民族の継承を図っています。
国は人権保護(生活レベルの向上)、環境保護(樹木伐採の禁止)、文明化政策(狩猟生活の否定)により補助金を渡し、定住生活をさせようとしています。本来のラウテとしての誇りあるシンプルな生活、祈り、自然への畏怖の念、争いを避け他者と協力する生き方・・・。現代社会が学ぶべき生き方は、消滅の方向へ流れつつあります。
最近は文明と接点が増えたことで、生活に悪い影響も出始めています。市販のアルコールを手軽に大量に口にし酔いつぶれる(子どもまでも飲酒に染まる)、政府から支給された現金をすべて使い果たしてしまう。文明について知識がなく、限度や疑うことを知らずに閉鎖的環境で生きてきたことは、文明の風にさらされ痛めつけられてしまいます。先住民族の問題は日本、アメリカ、ブラジル、カナダ等々他国でも不幸な結末が少なくはありません。
私たちは「ラウテ」から学ばなければなりません。「連帯、協力、隠す、移動、再生、伝統、継承」等々、様々な生きる知恵を、過酷な生活だからこそ豊かに培ってきた民族の力を侮ってはいけません。
今日も自分自身の知恵を使い、生活していくことを心がけていきましょう。行ってらっしゃい。

5月30日 夕刻 偉大な自然物 水
やはりお水は偉大ですね!昨日の大量の雨は子どもたちの遊び、眼が光り輝く環境を作っておいてくれました。重みのある土は自分のイメージ通りの形を表し、細かな指使い、物の選択眼、分量のおよその理解等々、潜在している子どもの能力をたくさん引き出してくれます。お顔は真剣そのもの、これ以上に勝る素材はありません。自然は災害をもたらしますが、代えがたい人間の知恵を引き出し、「創造しなさい」と言わんばかりの勢いで私たちに語り掛けてくるようです。この想像力をあらゆる自然からもらうことができる器を持っているのが人間です。
涵育薫陶(かんいくくんとう)吉田松陰 ー孟子の言葉解説ー【「涵は綿を水でひたすという意味。育は幼児を乳で育てるという意味。薫(くん)はお香をたきこめるという意味。陶は土器を焼き固めるという意味である。人を養う場合も、この涵育薫陶のように行い、人々が自然に化せられて行くのを待つだけである」と記している。】少し難しく感じますが、人を育てる上の極意が自然になぞらえて現わされています。私はこの解釈を「自然環境が大切」と読み替えます。過干渉の弊害は、人を育てるうえでその妨げとなる可能性があります。過保護でないと子どもは育ちませんが、過干渉は子どもの成長の芽をつぶしかねません。
ありのままの環境を体験できる機会は、子どもの成長にとって、なくてはならないものなのです。文明化されていない「ラウテ」の世界は、今日の園庭の子どもたちの姿と同じように、「自分で考える」に満ち溢れた環境だと考えます。汚れは子ども時代を生きる精一杯の証(勲章)です。でもね「お母さん 汚れ物いっぱいでごめんなさい!」「あらってくれて ありがとう!」子どもたちの心のなかは、きっとこんな思いのはずと思い込みましょう。

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