お知らせ

おさかな ほんもののように!

2025.07.28



気持ちの良いお水の性質、道具の特色で遊ぶ子どもたちの姿が、まぶしい夏にピッタリです!

お魚のおもちゃを水に浮かべ上手に泳がせたかったのでしょうか?残念ですがそれほど精密なものではないため、横向きに浮いてしまいます。子どもの頃は私も浮かぶはずのないプラモデルの戦艦大和を風呂に持込み試したことがあります。お恥ずかしいのですが小学生の頃の出来事です。結果は当然傾き沈没!克明にその時のプラモデルを記憶しています。

子どもの頃はたとえおもちゃであっても、より本物志向を求めていたように記憶しています。最近はとてもリアルなロボットも開発されているため、本物と見間違うほどです。しかしやはりうまくいかない現実に出くわすことで、子どもたちなりに「本物ではない」に気付いていくことも大切な経験だと思います。

画像の制度も上がり、フェークな映像も氾濫し、性的描写で教職員が逮捕される事件も起きています。一線を簡単に超えてしまうような技術を獲得しても、人間の欲や悪を増長するような手段に使用してしまうのも人間の愚かさです。

子どもたちがそのような被害に遭ってはなりませんし、あまりにもバーチャルな世界を体験することで、どこまでが現実であるのかが分からなくなってしまうようなことも起きるのではないでしょうか?数十年前私が携わっていたキャンプに参加した子どもの中にも、知識はたくさん持っていても、「カブトムシ(本物)」は電池で動くと考えていた子がいたほどです。

「本物の魚のように、上手に泳いでいない」、これで良いのだと思います。人間は元々自然物との関りの中から、様々の原理原則を見つけ出し体得し利用してきました。その長い長い進化の歴史の中で知ったことは「過程」の大切さだったはずです。

そのためにも子どもたちだけの安全な環境での「水あそび」は必要です。大人が見ればなんと不合理で生産性のない活動に映ることでしょう。しかしこの「無駄」こそ、人間が成長していくためにとても大切な行動なのです。

次は水から身を守るためのお話しです。お水が人類にとって大切な物質であることは間違いありません。しかし災害では恐ろしいほどの威力を発揮し、人間がつくったものなどひとたまりもありません。しかし同時に気持ち良さや美しさ、動物が生きていくための糧にもなっているのです。

この時期になると水難事故も増えます。川、海等の深みや流れ、潮流等プールでは体験することのできない危険が潜んでいるのです。大人が知らなければ子どもたちをリスクにさらすことは目に見えています。実体験がなくても進んだ映像技術によって危険をあらかじめ理解することはできます。大人が子どもを守るためにできることは最新だからこそ得られるものもあります。大いに活用すべきです。

そして実際場面に出会った時、例えば膝上くらいの急流を渡河する場合、どのような方法があると思いますか?川は生き物ですから、まずはその状況を理解しなければなりません。急流、緩やか、深み、川幅の状況も様々です。そしてどちらに向かってどのように渡ればよいのでしょうか?この状況を安全に乗り越えるためにはどうすべきでしょうか?

ライフジャケットもなく、身を守るものが最小限の場合、頼れるのは自分と仲間しかいないのです。どうすべきでしょうか?調べてみてください、考えてみてください。自然は待ってはくれません。知恵を使い経験を思い出し、最大限努力することが命を守ります。

カテゴリ:あそび

発達をみつめるまなざし2!

2025.07.20



子どもたちの発達は「準備の期間」という捉え方があります。準備が整ったことを「レディネス(特定の状況に適応する準備が整う)」という心理学用語で表しています。

ただし発達は連続しているため、「さあここからは・・・」のように、はっきりと区切りをつけられるものではありませんね。だからおよその目安を意識しておき、もちろん誤差はありますが、子どもの動きや取り組みを観ていて、「まだこの子には早いね!」と評価、判断することによって遊びの提供内容を変えていくことも大切になってきます。

つくしさんですとハイハイやつかまり立ちはその目安となってきますが、あまり早く立つことに気持ちが移行してしまうと、気持ちに体がついていかず、大腿部の筋肉や部位の可動の質が上がらないうちに、二足歩行へと気持ちが偏りがちとなります。

抱っこしたときにしっかりと足に力が入り、挟み込みのような力を感じられるか、ぶら下がりは可能か、ハイハイはスピードを上げて進むか、膝をあげライオン(高這い)の姿勢で四つ這いで進めるか?このような動作をたくさん行ってきたかどうかが足腰の強さの目安でもあります。

あまりできなかったとしてもまだ十分間に合いますので、広々とした、凹凸のある床や地面、障害物などのある環境での「まてまてあそび」など信頼できるご家族が子どもたちを誘うことで、充分にそれらの動きは引き出せますのでお試しください。

子どもたち特に乳児期の3年間は、その時はよく分かりませんが、長い目で見ると学童期、青年期に影響を及ぼします。心理的には十分な欲求の満足を得て、身体的には欲求に応じた身体活動を十分に経験することで、「うまくいかなくても立ち直る心と身体の基礎、土台」を培う時代なのです。

乳児期の子どもたちは「何もできない存在」ではありません。この3年間で自分なりの猛スピードで、「発達しよう、発達したい!」と頑張っている時代であることをしっかりと見据え育てていきたいですね!幼くてもひとりの人格を備えた貴重な存在であることを私たち大人は再確認する必要があると思います。

カテゴリ:発達

発達をみつめるまなざし!

2025.07.20



先の発達(過ぎた発達)を行く子どもたちと過ごすことは、お互いへの心と体の良い発達に結びついています。毎日過ごす場所でないことだけでも、子どもたちにとっては刺激的な環境と言えます。

ブロック、新聞紙と玩具、ボールと保育室(すみれ)、ホール(広い場所)といった関係性の中で生まれるものは、いったいなんだろう?と年齢、発達差を考えていました。

昼礼(毎日行う打ち合わせ、報告、子どもの様子や発達の確認対話)で保育士に訊ねてみると、写真で想像するよりも現実的な話が聞けます。例えば「新聞が入ったビニール袋を持つ、つくし組の子」に関心があるかと思えば、実はその「袋そのものにだけ興味がある。」、「ボールの性質よりも扱う大人に興味がある。」といった現実に突き当たります。

異年齢の関りを期待する大人の目線で写真を見ていると、「こうあってほしい」といった独りよがりな大人の視方が先行してしまうこともあるのです。例えば子どもに必要以上の飾りつけをしたり、大人の趣味嗜好を押し付けたり、そんなことをしなくても子どもは「最もかわいらしい笑顔、しぐさ、笑い声」で十分に大人に愛らしさを伝えています。その様な視方とどこか似ていたなと反省します。

子どもたちの発達をどのように観ていくのか?「親の欲目」、「教師の願い」が、子ども心を惑わすことがないように気を付けていくべきだなと思い返します。子どもはひとり一人が個別的な人格を持ち、発達の道筋やスピードはもちろん異なることを改めて自覚しなければなりませんね!

言葉の発達、排泄習慣、食事、着脱など目に見える事実に関し、大人はついつい「せっかち」になってしまいます。でも子どもたちに「やらせよう」、しつこく「教化しよう」とすることは、結局は子どもの健やかな心と身体の成長を妨害する結果になる可能性があることは、理解しておかなければなりません。

最後の写真を見てください!子どもたちは縦横無尽に体を躍動させ、斜面やマットの柔らかさ、高さに挑む心の強さを発揮し、身体の巧緻性を獲得しています。わずか数年でこのような判断力と身体使いを習得できることこそ驚異的な発達だと思います。サバンナの生き物は必要性(強者に命を奪われないため)に迫られ、生まれてすぐ立ちあがりしばらくすると走れるようになります。

しかし人間は「知恵」を育てるためこの過程が非常に弱く時間をたっぷりと必要とするのです。その様なスパンで観ていくと、少しくらい習慣が出来なくても心配する必要はないと思います。それよりも今の発達で獲得している頭と身体の成長を、個々が十分に遊びを通して使い切れるような、考えと見方を巡らせ環境を与えていくことの方に力を注いでいくことが大切だと思います。思い切り心身を使った子は様々な習慣の「自立」、「自律」も速い傾向にあります。それは「意欲」、「欲求の満足」を十分に体験してきたからに他なりません。

カテゴリ:発達

記事検索

RSSフィード

- CafeLog -