スノボ 村瀬選手 ジャンプ 丸山選手
2026.02.14
外国人選手に祝福を受ける
亡き母に捧げる悲願のメダルおはようございます。
スノーボードビックエアー、ジャンプ、フィギュアスケート、スピードスケート等、日本選手の姿には、それぞれの事情を抱えながらも頑張る、若いアスリートの底力がありました。
スノーボードの村瀬選手、スキージャンプの丸山選手は、2人とも過去ケガに見舞われ回復期間の中で様々な思いを抱きながらこの大会に臨みました。村瀬選手の言葉【「夢見ているんじゃないかと嬉しくて。最後まであきらめずに挑むということができて良かった。皆さんの応援が届いて、感謝しかないです。」と笑顔。最年少銅メダルの前回に続いての快挙に、「銅メダルも重かったが、違った重みで。全部詰まっているような重みがあって。重たいです」と語った。】金メダルには今までの忍耐と苦労が実ったこと、そして応援を受けたすべての人に対する感謝の心がありました。また、大会に参加した各国の選手が温かく祝福するスノ-ボーダーの文化がある事にも、心の底からカッコよさを感じます。このオリンピックを最後に引退するレジェンド、アンナ・ガッサー(オーストリア)も村瀬を祝福、同じスポーツを愛する若者の力を、誠実に称える人間関係に素晴らしさを感じました。
ジャンプの丸山選手は北京オリンピック前のケガで競技参加できなかったとき【失意の中で自宅にいた丸山の元に一通のメッセージが届いた。送り主は、リハビリ中に知り合った21年東京五輪ソフトボール金メダリストの藤田倭(ビックカメラ高崎)だった。「4年に1回あるだけで幸せだよ」。五輪が実施されない期間があったソフトボールに思いをはせ、「4年に1度目指せるのは凄く幸せなことなんだ」と心に響いた。ミラノ・コルティナを目指す、強いモチベーションになった。また、自身が高校生の時に他界した母親の言葉「常に一番になりなさい」に励まされてきた。】、村瀬同様、アスリート、そして母親の思いに助けられたことへの深い感謝を秘めていました。
スポーツを通じた友情は、崇高な人間性の現われでもあります。苦しさを乗り越え分かつものは、「他者への慮り」にほかなりません。きな臭い国際情勢とは対照的な、オリンピックがこの時期に開催されたことで、少しは争い方に人間性が戻ることを祈りたいものです。
カテゴリ:スポーツ
RSS 2.0