クリスマスに思う 「子どもの保育、教育」と「カスタマー・ハラスメント」
2026.01.02
おはようございます。
長男夫婦には3歳男児と1歳女児の子どもがいます。私にとっては孫ですがつい最近次男にも男児が誕生し、病院に会いに行きました。そこで私は次男が生まれた時は、宿泊仕事で不在だったという話をしたら、「今なら離婚だ!」と次男に言われ、時代変化の速さに驚かされる始末です。現代は「イクメン」なる言葉もあり、父親が育児に参加し育休を取得することも当たり前の世の中に変わってきました。そのことはとても良いことだと考えますが、すべてを半分負担することは正しいとは思いません。母親にしかできないことはあります。しかし父親も育児を学び、抱っこの仕方、授乳、食事、入浴方法などはもちろんですが、「保育」、「教育」に対する理解も母親と共に必要な時代だと思います。
ただ思うことは、昨今の「カスタマー・ハラスメント【行為の例・身体的・精神的な攻撃・威圧的・差別的で執拗な言動・不当な謝罪要求・個人への攻撃や嫌がらせ など】」に近い状況が、幼稚園、小学校、中学校などで起きていることへの戸惑いです。十年前に前職を辞したときも、既に「大学生への親の過干渉」、「子に対し親離れができない」が問題、という認識はありましたが、その年齢が高くなっている状況が目立ちます。親はいい年をしていつまでも子どもじみたことに親子の喜びを見出そうとするものではありません。本当に子どもが「真の人生の夢」を持てるように育てるには、親こそ稚拙な関りから脱却し、年相応に大人としての関係性と距離感を自らの分身に持たなければ子どもは自立、自律共が危うくなります。
学校現場ではしつこく担任教師に連絡し文句を言い続ける親が増えています。これはもうストーカーに近いやり方です。子どもはたとえ幼くても一人の人格を持つ人間です。多くの保育者、教員に対する「ハラスメント」は、大人になり切れていない親の「稚拙な心」、「自己中心性」を社会組織にぶつけ駄々をこねる子どもと一緒の言動です。主張を紐解けば子どものことを考えているようで、実は「自己中心」の塊のような主張を耳にするたびに、結果子どもは親の権威に屈し、利用し依存的な人格が形成される結果を生み出すであろうことが予測できます。そして思うようにならなければ人を傷つけ、反社会的行動をとるようになってしまうことも考えられるのです。それが大人になっていない幼稚な言動と、無理難題を言う親の姿から学んだ素直な子どもの生き方です。子どもに罪はないのです。少し言い過ぎかもしれませんが、このような状況が続けば教職を目指す青年は失望し、挙句の果てに保育、教育の場が疲弊し教育力が低下していくことも必須です。
「イクメン」、結構なことです。しかし子どもは所有物ではなく一人の人格を有する独立した存在として扱い、父母、祖父母がそれぞれの年齢と経験に応じた役割を果たし、少子化の時代における「過干渉」の反省と、「親離れ」、「子離れ」がスムースに行えるように支えていくことは、現代家族が配慮せねばならぬ人の在り方だと考えます。
子どもらしい「夢(サンタ・プレゼント)」を、クリスマスに心待ちにする期待感は乳幼児期だからこそ大切です。しかしそれは遅くとも学童期後半には異なる夢に変わり始めなければなりません。親や大人も当然接し方、物ではない大切な贈り物に変えるべきです。そして公的機関や我々のような保育、教育に携わる者も、地域や、家族と共生していく具体的な実践を「目に見えない贈り物(自立・自律・利他)」として示し、分かち合っていけるように環境を整え、心して取り組んでいくべきだと考えています。
長男夫婦には3歳男児と1歳女児の子どもがいます。私にとっては孫ですがつい最近次男にも男児が誕生し、病院に会いに行きました。そこで私は次男が生まれた時は、宿泊仕事で不在だったという話をしたら、「今なら離婚だ!」と次男に言われ、時代変化の速さに驚かされる始末です。現代は「イクメン」なる言葉もあり、父親が育児に参加し育休を取得することも当たり前の世の中に変わってきました。そのことはとても良いことだと考えますが、すべてを半分負担することは正しいとは思いません。母親にしかできないことはあります。しかし父親も育児を学び、抱っこの仕方、授乳、食事、入浴方法などはもちろんですが、「保育」、「教育」に対する理解も母親と共に必要な時代だと思います。
ただ思うことは、昨今の「カスタマー・ハラスメント【行為の例・身体的・精神的な攻撃・威圧的・差別的で執拗な言動・不当な謝罪要求・個人への攻撃や嫌がらせ など】」に近い状況が、幼稚園、小学校、中学校などで起きていることへの戸惑いです。十年前に前職を辞したときも、既に「大学生への親の過干渉」、「子に対し親離れができない」が問題、という認識はありましたが、その年齢が高くなっている状況が目立ちます。親はいい年をしていつまでも子どもじみたことに親子の喜びを見出そうとするものではありません。本当に子どもが「真の人生の夢」を持てるように育てるには、親こそ稚拙な関りから脱却し、年相応に大人としての関係性と距離感を自らの分身に持たなければ子どもは自立、自律共が危うくなります。
学校現場ではしつこく担任教師に連絡し文句を言い続ける親が増えています。これはもうストーカーに近いやり方です。子どもはたとえ幼くても一人の人格を持つ人間です。多くの保育者、教員に対する「ハラスメント」は、大人になり切れていない親の「稚拙な心」、「自己中心性」を社会組織にぶつけ駄々をこねる子どもと一緒の言動です。主張を紐解けば子どものことを考えているようで、実は「自己中心」の塊のような主張を耳にするたびに、結果子どもは親の権威に屈し、利用し依存的な人格が形成される結果を生み出すであろうことが予測できます。そして思うようにならなければ人を傷つけ、反社会的行動をとるようになってしまうことも考えられるのです。それが大人になっていない幼稚な言動と、無理難題を言う親の姿から学んだ素直な子どもの生き方です。子どもに罪はないのです。少し言い過ぎかもしれませんが、このような状況が続けば教職を目指す青年は失望し、挙句の果てに保育、教育の場が疲弊し教育力が低下していくことも必須です。
「イクメン」、結構なことです。しかし子どもは所有物ではなく一人の人格を有する独立した存在として扱い、父母、祖父母がそれぞれの年齢と経験に応じた役割を果たし、少子化の時代における「過干渉」の反省と、「親離れ」、「子離れ」がスムースに行えるように支えていくことは、現代家族が配慮せねばならぬ人の在り方だと考えます。
子どもらしい「夢(サンタ・プレゼント)」を、クリスマスに心待ちにする期待感は乳幼児期だからこそ大切です。しかしそれは遅くとも学童期後半には異なる夢に変わり始めなければなりません。親や大人も当然接し方、物ではない大切な贈り物に変えるべきです。そして公的機関や我々のような保育、教育に携わる者も、地域や、家族と共生していく具体的な実践を「目に見えない贈り物(自立・自律・利他)」として示し、分かち合っていけるように環境を整え、心して取り組んでいくべきだと考えています。
カテゴリ:子育て
「アウシュビッツの反対側」中日新聞視座12.21
2026.01.02

おはようございます。
表題の通り21日付け中日新聞「視座」に、過去の戦争をどのように捉えて、現世代に生かしていくかといった視点で「中央大学教授、目加田 説子 氏」による論説が掲載されました。
ご承知の通りドイツは第二次世界大戦で他国を侵略し、強制収容所でユダヤ人、ポーランド人等一般市民を大量虐殺した負の歴史を持っています。国としてこの過ちを深く反省し、専門家ばかりではなく市民も加わって検証していくことが、同じ轍を踏まない道筋であることを、ドイツ国民はよく理解しており、その様な方法を教育によって次世代に伝える努力を行っているのです。「ナチズム」は選挙と世論が作り出した過ちであることを深く心に留め、こうして教育を受けたドイツ現世代には「ナティスがしたことに責任はない」が、「同じことが起きたら、それは私たちの責任だから」といった考えが広く共有されています。
日本でも今後戦争への舵が切られないとは限りません。現に官邸筋の首相に助言を行う高官が「核は持つべき」等といった無責任な発言があったことが、オフレコ報道によって公開されたことで発覚しました。約束を破るメディアの行動、オフレコだからといって国の威信にかかわる発言を、軽率に行ったしかるべき位置にいる者の浅はかさ、等々日本が戦争に傾く危険は十分にあると考えられます。
そのような時(民主主義の危機)、一日本国民に「物申せる環境」がなければなりません。言論、報道、活動の自由が制限されるような世界になっていれば、一部の人間によって戦争に加担する結果を招くことになるでしょう。ドイツは軍事力を保持していますが、一市民として「おかしい」と感じたときに、いつでも引き返せる仕組みを真剣に考え作り出す努力をしていると思います。日本の現世代、政治家は太平洋戦争で日本人が行った、侵略、虐殺、今なお苦しみが残る集団自決、原爆放射線、特攻、玉砕等について本当に歯止めを利かせられるのでしょうか?
カテゴリ:戦争
熊 パンダ 隣国関係
2026.01.02

おはようございます。
絶滅を防ぐことを目的として、世界各地に貸し出されているパンダちゃん!日本でも契約期間が満了し、中国からお借りしているパンダ、日本で生まれた子パンダも返還が決まっています。多くの日本人の子どもたちにも大人気だったパンダが帰還してしまうことはとても寂しいことですね。何とか再度借りられることを望んでいます。中国とは今がとても大切な時だと思います。パンダが日中をつなぐ架け橋の役割を担ってくれたことを忘れず無駄にしてはならないと思います。【パンダ (panda) は、ネコ目(食肉目)に属するジャイアントパンダ(クマ科)とレッサーパンダ(レッサーパンダ科)の2種の総称。熊猫(シュウマオ)とも。ただし単にパンダといった場合、ジャイアントパンダのことを指すことが多い。ジャイアントパンダとレッサーパンダは食肉目に属しながらともに草食適応を果たした種であるが、Ledje and Arnason(1996a, b)の分子系統解析などにより両者は近縁ではないと結論づけられている。中国を代表する動物だが、生息地は四川省の一部などと狭く、中国全土に生息しているわけではない。】
カテゴリ:生き物・自然・人間
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