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素材や用具へ目をみはる子どもの力!

2026.03.21

子どもたちが目を見張る力は凄いものです!昨日はなかった押車、レモンの葉っぱ、小枝などを目ざとく見つけ、遊び道具として使っています。もちろんドングリやカリン、松かさ、葉っぱ、小枝などの自然物、道具も、新しいものと同様に様々な使い方を試し、新たな発見をしている様子も見られます。

それぞれの子どもたちには、自分の好きな遊び方があるようです。その自分らしさを追求していくことで、今の自分自身の発達を伸ばしていると感じます。「すきこそもののじょうずなれ」という言葉があります。まさに子どもたちは自分の「好き」から、自らの力を伸ばしているのです。

なわ跳び縄を樹木に巻き付け回そうとしています。以前保育士とたんぽぽさんが行っていたあそびを、自分でもやりたいと奮闘しているのだと思います。2台の車にまたがり少し欲張りな遊び方をしています。どっちにも乗りたいといった気持ちが、新たな乗り方へと導いているかのようです。

シャボン玉が飛んでくると、なぜだか「パチン!」と手でたたきたくなりますね、これは子どもも大人も同じです。不思議に輝くきれいなシャボン玉、本能的に捕まえたい、パチンしたいと体が動きます。なんだか猫がネコじゃらしやボールに反応し、追いかけたり手で押さえようとしていることに似ていますね。

同じモノをたくさん集めて心が嬉しくなったり、なかまと同じことをすることで喜びを感じたりすることも、やはり人間の心の奥底にある本能が、その様にさせているのではないかと考えます。人間はそんな遊び心を持った存在であり、だから様々な知恵も育ち手先指先、全身が連動して物事を楽しみながら、自らの力としていくことが出来るように「神?」から与えられた動物なのでしょうか?

このような行動は人間に「欲」があるからです。欲は使いようによっては、人間社会のプラスになっていきますが、悪用されると人間同士の繋がりを破壊したり、貧困や犯罪を助長してしまいます。ほどほどにすることは「足るを知る」につながります。そして「たるをしる」は「足を使う」等の意味にも使われます。面倒がらずに自らの足を使って活動することこそ、人間の使命でもあります。

楽しそうだとすぐに行動する子どもたちの姿は、私たち大人に「自分の身体」、「自分の声」、「自分の考え」をしっかりと伝えることの重要性を伝える存在だと思える時があります。子どもはある意味「小仏様」のような存在であると思います。子どもは大人の生き写しです。親として社会人として子どもたちには恥ずかしくない生き方を背中で見せていきたいですね。

カテゴリ:教育

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