新聞紙を素材として使う知恵
2026.07.07


今日の注目はまずは「えほん」と「こども」と「保育士(おとな)」の位置関係や目線、表情などが写っている写真です。女の子が保育士の表情を注視していますね!これは大人の表情や表現からどんな心持なのかを想像している場面です。もう一人は膝の上で「安心感」を得、近くで一緒に観ている子、関りの度合いは様々ですが、保育士のそばにいるだけでも安心感は得られます。
このように「絵本」は言葉を覚えるためだけにあるのではなく、「安心感」を得るための子どもたちの必然的行動でもあるのです。保育園で年間購読している機関紙「絵本フォーラム」には、度々乳幼児期の読み聞かせの場面を振り返るお話が登場します。子どもが大きくなってからのことが多く、親も子どももそのことをとても懐かしく語り、そして読み聞かせてもらったことの信頼感が今に続いていることを書いています。
短い時間で良いので、毎日この楽しみを親子で作ることが出来ると良いと感じます。親子の信頼関係は決して長さではなく、密度の濃い短時間で十分なのです。「就寝前」、「食後」、「帰宅時」、テレビやパソコン、スマフォを閉じ、心を子どもたちに開放してあげてください!その時間は絵本がどんな作品であろうと、親子の大切な歴史物語を紡いでいくのです。
さて次は新聞遊びです。新聞は小手先のあそびかと思えば、その見方は一方的なことが分かります。全身、小手先等どんな遊び方も可能な万能な性質を持っているのが、新聞という素材なのです。最近家庭では新聞を購入していないのが当たり前ですね。私は朝4時くらいに配達のバイクの音が聞こえると、今日も1日が始まる!と心を新たにします。
生活には「はずみ」、「リズム」等が必要だと思います。子どもにとって体を動かすことは、たとえ外が雨で出られなくても、代わりの身体あそびの時間がなくてはならないのです。それには様々な性質を持ち、そして安全で生活(湿気取り・窓ふき・保温〈災害時に活躍〉・野菜の保存等)にも様々な遊びにも活用できる優れた素材である新聞紙は「保育、教育界の星!」とも言えるでしょう。
「破る」一つでも神経を集中し、指先、手、肘をうまく使い、引っ張る方向をも調整していかなければ上手くいきません。しかし新聞の目が分かれば、ハサミがなくてもきれいに一定方向に切っていくことが出来ます。そんな性質に何度も試していればいつの日か出会い、気づきが生まれると思います。
要は形から気付くこともあるということです。人生は理屈ばかりでは行き詰まりを見せます。新聞からは「哲学」さえ見つけ出すこともできると思います。それは書いてあることではなく、素材としての視方にたどり着いたときに少しづつ見えてくるものです。目に見えているだけが真実ではなく、使いこなすことによって見えてくる本物の力!これが潜んでいるのが新聞であり、その性質を見抜き、上手く利用していく知恵を身につけていけるのが人間なのです。
同時に布でも遊んでいますね。布は引っ張っても破れることはありませんね、だから結びつけることが出来ます。布巾や風呂敷なども昔から生活で活躍してきた、心が豊かになる素材です。それぞれに役割があり活用できる素材、道具は大量生産の陰に隠れ現代社会から消え去ろうともしています。
今一度この価値観を見直し、大量消費社会から抜け出し、子どもたちに本当の豊かさ(物を大事に扱い、工夫して豊かな生活を味わい営むことのすばらしさ)を体験させていかなければなりません。新聞はその初歩的な位置にあります。
カテゴリ:子育て
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