お知らせ

「らんまん」から学ぶ生きる気概

2023.09.29

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おはようございます。今日も日中は暑くなりそうです。ラグビーはサモアに28-22でなんとか勝てました。厳しい試合でした。この力が次の試合にいかされるように、負けたとはいえサモアの素晴らしい力に拍手を送りたいです。
朝ドラ「らんまん」が終焉を迎えました。牧野富太郎、小学校中途退学でも熱意と思いで理学博士になった植物学者です。牧野先生の植物への愛情は並外れており、東京大学(当時は東京帝国大学)の門をたたき、標本造りに貢献、フィールドワークが大好きで多くの新種も自らが命名した数【命名は2500種以上(新種1000、新変種1500)とされる。自らの新種発見も600種余りとされる。】は驚くほどでした。「雑草という草はない」、「一つ一つの草に名前がある」という素晴らしい言葉も残しています。心の底から草花を愛していたからこそですね。植物に対して平等な目線で接した先生は、庶民的で決して偉ぶらず、学歴がなくてもただただ「植物が好き」という一心で植物図鑑を残し、多くの研究資料、植物画を作りました。10月から撮りだめのビデオがない事を思うと少し寂しいですが、また新たな楽しみも見つけられる機会が増えると考えると、これもまた良いことです。

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何事も「一意専心」!毎日を一つのことに心と身体を割いていると、あっという間に日暮れがやってきます。そんなひと時、十五夜の月を眺め風流を感じる心も忘れず過ごす余裕だけは忘れないようにしたいと思います。行ってらっしゃい。

カテゴリ:生き方

七十二項 戦争の残したもの

2023.09.28

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おはようございます。9月も明後日30日が最後となります。暦の上ではとっくに秋が深まっているはずですが、日中の暑さはいまだに続いています。それでも朝晩の虫の声は深まり、厳しかった夏もようやく終わりを告げようとしています。自宅の庭にはまだ夏野菜の苗が生きています。さすがに秋用に切り戻したナス以外は実をつける数も減り静かに終わりを迎えようとしています。オクラ、シシトウは随分と疲れた我が身を満たしてくれました。感謝の心を込めて目の前に置き「いただきます」を忘れないようにしたいです。夏の余韻が残ります。
【七十二候が秋分の次候に変わり、寒さを覚えた虫たちが地中に姿を隠す頃となりました。今回の候は、啓蟄の初候「蟄虫啓戸 (すごもりのむしとをひらく)」と対になっています。夏が終わり、外で活動していた虫たちは寒さの到来を察知して、冬ごもりの支度を始めます。蝶の幼虫はさなぎになって寒さに備え、クワガタやテントウ虫は成虫のまま木の根元や土の中にもぐり静かに春を待ちます。そして来年の春、啓蟄 (けいちつ) の頃になると再び姿を現します。】

FIND MY LIFE ―戦後78年目のGIベビーたち
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「FIND MY LIFE」【進駐軍(米軍)兵士と日本人女性との間に生まれ、孤児となった子どもたち。「私は何者なのか?」「父や母はなぜ自分を見捨てたのか?」戦後78年、初めて明らかになる家族の物語。「私はいったい何者なのか」。進駐軍兵士と日本人女性との間に生まれ「GIベビー」と呼ばれた子どもたち。中には、親を知らずに育った者も少なくない。“敵国の子”として差別を受け、社会に出てからも偏見にさらされ続けた日々。この夏、70歳を過ぎたかつてのGIベビーたちが「出自を知りたい」と動き出した。最新のDNA検査などを通じて少しずつルーツをたぐり寄せていく。その先に待っていたのは、意外な真実だった。】という番組を視ました。戦争は様々な悲劇を生み出します。放送では「自らのルーツを知る」ことが、すべて良い結果を生むとは限らないと伝えていました。「会えなくても」、「生みの母親が亡くなっていても」、その血縁者同士の想いは、「会って話がしたい」、「対面し抱きしめあいたい」ただそれだけでした。たとえどんなことがあろうとも、このような苦しみを子孫に残すべきではありません。子どもが社会的に自立するまでは、「生きるための健康な体」と「人生を選択できる心の土台を育てる」ことが、親の義務であると強く思います。我が子をかわいがるということは、「義務の履行」なのです。行ってらっしゃい。

カテゴリ:七十二候

かぼちゃの工作

2023.09.28

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半透明の発見! この紙の性質 声の振動や 空気が通ることへの関心

かぼちゃは畑を作ってもらったN(82歳の元気な方)さんが、子どものおもちゃにと持参していただいた、大きなかぼちゃ(オレンジ一色)が園庭においてあるため、イメージはできていると思います。本物をみていれば作ってみたいという意欲も持ちやすくなります。

そして子どもたちのすばらしさは、素材の性質をすぐに見抜くところです。色紙と違いこの紙は「クレープ紙?」という紙で、よく花束を包んだり、誕生日の際、包装紙として使いますね。半透明で吹きかけた息を通す、向こう側が見える、息と同時に声を出すと響く?などの性質があると思います。何でもやってみる、やってみたいのが子どもの本質です。このようにして物事の楽しさを見つけ、自分の力や知識として定着させていくのだと思います。

また、同じことを同じ場所、時間で仲間と行うことは、他者と自分の違いに気付く、思いもつかない方法の学びにもつながっています。さらに園庭では、年齢の上下が自然物を介在にして触れ合うことで、興味や意欲の芽を作っています。2歳児クラスの子どもたちは、そろそろ自分と気の合う特定の仲間を選択して遊ぶ気持ちが芽生えてきます。この発達を得て好き嫌いが生じ、偏った人間関係が生まれます。さらに発達が進むと(学童期)、「みんなの中の自分(好きでなないが上手に付き合うことの大切さ)」にも気づいて、「みんなちがってみんないい」と発展していきます。発達過程において「自己中心」、「好き嫌い」は、自己の選択力を伸ばしていくために必然な過程です。この時期があってこそ、「平等」、「協力」、「協同」、「連帯」等の崇高な思考にたどり着けるのです。時期が問題です。必要な時に必要な体験と仲間の中で育つことが、その力を生み出します。

私の息子は保育園時代、ダウン症の仲間と一緒に園生活を送っていました。何も拘りなく助け合い、お互いを尊重して生きている姿に、拘っているのは大人の見方であることを学んだのです。子どもの伸びやかで他者を受け入れる力(憐れみではなく、できないことを手伝う平等のやさしさ)は、幼い時ほど育つことができます。世の中はインクルーシブ(多様性を認め合う世界観)な考えになりつつあります。ハンセン病や障がいのある人々を過去の日本人は、座敷牢や山深い僻地に隔離し差別してきました。「生活する場を同じくする」ことは、お互いが理解しあい、助け合って生きる世界を作ることに最もふさわしい環境だとも思います。

ひとり一人違う人間同士です。世の中は必ずしも理解に寛大な場所ばかりではありませんが、自己を押し通すことばかりでは理想の人間社会だとは言えません。どこまでも理想を掲げ「信じあえる存在である人間同士」に希望を持ちたいと願います。

カテゴリ:卒園生・転園生の皆さんへ!

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