お知らせ

繰り返される悲劇

2023.10.17

破壊された家屋で一人で食事する少女
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ガザ地区への爆撃

おはようございます。
ハマスがイスラエルを奇襲し、またも多くの市民が巻き込まれ、命を落とす、人質となるという状況が生じています。土地、宗教をめぐる人間の欲望、憎しみは終わりがありません。とても悲しく情けないことですが、人間の愚かさを認めざるを得ません。
アメリカをはじめ先進国は戦争回避のため奔走してはいますが、今までの付けが巡っているようにも感じます。戦争に介入することが正義なのか、私欲のなせることなのか、人としての存続が問われているような破壊的行動が世界中で勃発していることに危機を感じます。
【昔から、地中海の一番、東の沿岸にある地域のことを「パレスチナ」と呼んでいました。南にエジプト、東にヨルダンがあって、北にはシリアやレバノンがある場所です。このパレスチナの地にあるエルサレムには、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、それぞれの聖地があります。宗教上とても重要な地域です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、3つの宗教の聖地エルサレム、この地では、1948年にイスラエルというユダヤ人の国家ができました。その後は、この土地の中で“将来、パレスチナ人の国家になりたい地域”(東エルサレム・ヨルダン川西岸・ガザ地区)を総じて、パレスチナと呼んでいます。イスラエル、パレスチナがそれぞれ国として共存するのが理想ですが、イスラエルの建国を発端に対立しているのがパレスチナ問題です。
パレスチナ問題の根源は「2つの悲劇」にあるとも言われています。1つは、ユダヤ人が2000年の長い歴史の中で世界に離散し、迫害を受けてきた悲劇です。やっとの思いで悲願の国(=イスラエル)をつくり、それを死守していきたい、二度と自分たちが迫害されるような歴史に戻りたくない。そんな強い思いをユダヤ人はもっています。もう1つは、パレスチナの地に根を下ろしていた70万人が、イスラエルの建国で故郷を追われたという、パレスチナ人の悲劇です。いまパレスチナ人が住んでいるのは、ヨルダン川西岸とガザ地区という場所です。国にはなれないまま、イスラエルの占領下におかれているのが現状です。周辺の国にも多くが難民として暮らしています。-クロ現取材ノート】
深刻な問題提起ですが、週初めに少しだけ考えてみるのも大切ですね。行ってらっしゃい。

カテゴリ:戦争

救難信号を見落とさない 聴き落とさない

2023.10.15



おはようございます。
またまた新聞です。「視座」これも同じく10月15日(中日 視座 内田 樹 氏)の2面に度々登場する方で私が愛読する文章の一つです。今回は「救難信号を聞き落とさないでね」でした。内容は修学旅行の高校生への講演依頼なのですが、生徒高に一番響いた内容が「救難信号を・・・・」だったそうです。
【「助けて」という救難信号を発信している人がいる。君はそれを聴き取った。周りを見渡すと誰も気づかないらしく、そ知らぬ顔で通り過ぎてゆく。でも、君には「助けて」が聴こえた。だとしたら、それは君が「選ばれた」ということである。だったらためらうことはない。近づいて、手を差し伸べなさい。・・・(中略)「ああいですよ」の後の「どうもありがとう」から「何か」が始まることがある。他の人には聴こえない「助けて」が君には聴き取れたのだからそれは君ひとりのために用意された機会だったのだ。「天職」に人が出会うのはたいていこの「ちょっと手を貸してくれる?」に応じたことによってである。】
我が子の救難信号、父母の救難信号、同志の救難信号、そして通りすがりの人々の救難信号、それぞれの人が発する「たすけて」は、方法もニュアンスも異なりますが、自分の直観を信じ人の心の波風を感じたならば、声をかけ「お話してみよう」そんな気持ちにさせてくれる文章でした。行ってらっしゃい。

カテゴリ:生き方

ぐちゃぐちゃ遊びの楽しさ! 

2023.10.14

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自由にイメージし 押したり なぞったり 使い方も様々 おもしろいねー

1日目
子どもたちの自由な発想や行動を保障するために、室内環境を設定するには「想いと手間ひま」をかけることが必要です。準備の時間は1時間ほどかかっていました。講師の先生方は子どもたちへの熱意に溢れています。「保育ではなく時間限定だからできる」と言ってしまっては、何も学べないです。何よりも子どもたちの表情や言動が、光り輝き物語っていました。この瞬間をどれくらい「保育園の暮らし」の中で作っていけるかがとても大切だと思います。動画も撮影しましたので、いつか皆様にも公開できればと考えています。

講師は保育士を長らく務めていらしただけあり、導入にたくさん時間をかけ、子どもたちとの言葉と気持ちのキャッチボールにとても長けていらっしゃいました。「ぐちゃぐちゃ遊び」までの導入の流れはお見事!自己紹介(もちろん言葉のやり取り)から始まり、調律用の笛?でしょうか、「吹いても音が出ない!」と演じ、子どもたちのおまじない(言葉)を誘い、初めて会う人への安心と信頼を自然な雰囲気で作り出し、クイズ形式の野菜絵本(実はクラスでも見ている絵本でした)を観て野菜への関心を深め、さらに実物をみんなで触り感触を確認後、いよいよ本番。子どもたちの心は「やってみたい」気持ちに溢れていました。気持ちが掘り起こされれば、あとは子どもの自由に任すのみです。

子どもたちは日頃から豊かな園庭、おさんぽで様々な自然に慣れ親しんでいます。水と土が混ざれば泥に変わり、葉っぱはお皿に盛りつけられた土(ケーキ、ごはん)の上で、チョコレートやキャベツに見立てられます。ナメクジはチャーハンのおかずに変身!これらの豊かなイメージが絵具という人工物の感触、絵本という文化的な活動と相まみえ、ますますイメージは膨らみ、創造の世界は大きくなっていきます。さらにそこへ関わる様々な人の量、仲間とのやり取りが、子どもの心と身体の発達に関わっていることは言うまでもありません。

先生には大切な機会を与えてくださり感謝いたします。明日もたんぽぽ組の時間が有意義になることを期待しています。どうぞよろしくお願いします。子どもたちの作品はとても面白いです。何らかの形で保護者の皆様にも、実物を感じていただけたら良いと考えています。

2日目
最初は「押す」で遊んでいた子どもたちでしたが、途中から「ツルツル」した感触に多くの時間を割いていくようになってきました。野菜や物をスタンプすることへの興味は、間接的な物や道具の形を楽しむことに関心があると言えます。今日はどちらかと言えば、自分の掌、足などの形、手指で感じる絵具と水の感触の楽しさに没頭している時間が多かったように感じます。
子どもたちの姿は、僅かな年齢の差が様々な発達の違いをもって現れてきます。「なのはなさん」より月齢の低い「たんぽぽさん」は、そのような発達の段階だと思います。一つ一つその階段を踏み締め、味わいながら欲求を満足させ、その満足感が十分に味わえると、自然に次の発達の段階を求めるようになっていきます。

極ごく自然な流れの中で、子どもたちの発達は成り立っているのです。「大器晩成」という「老子」の言葉がありますが、実は最近の研究では「大器免成(めんせい)」だとも言われています。人間の力は無限なのです。体の成長はある年齢になればとまり、老化が始まります。しかし、脳の発達はどんなに時を経ても努力している限り、新たな神経細胞が生まれ、そして「つながる」と言われています。まさに「完成」することがないのが人間なのです。

子どもたちの成長発達はとても力強く、頼もしい限りです。子どもの成長発達から喜びをもらい、さらに学ぼうと思えばいくらでもその機会は得られます。「見ようとしているか」、「子どもを一個の人格として尊重しているか」、子どもを「小さな人(ノッポ さん-できるかなNHK)」と表現する意味は、「子ども」という存在の生きる強さと尊厳を表しているのです。

カテゴリ:卒園生・転園生の皆さんへ!

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