卒園生、転園生のみなさんへ33
2023.06.26
第二十九候「菖蒲華 (あやめはなさく)」 6/26~6/30頃

「あやめ」の由来 古くは、現在の「しょうぶ」を「あやめ」または「 あやめぐさ」と呼びました。中国から渡来した女性を「漢女(あやめ)」と呼んだことから、その漢女のようになまめかしい草という意味で「あやめ」と名付けられたとする説が有力。また、綾織物の織り目である「文目(あやめ)」に葉脈が似ていることから「あやめ」と呼ぶようになったとする説もあります。漢女は中国から機織女として渡来しており、機織、裁縫に秀でていたことから、「あやめ」は「漢女」と「文目」の両方の意味を含むものと考えることもできます。
おはようございます。週明け、2日間は梅雨の中休みといったところでしょうか?
【七十二候が夏至の次候に変わり、菖蒲の花が美しく咲き始める頃となりました。「いずれあやめか杜若」これは、どちらも優れていて優劣がつかず、選択に迷うことのたとえです。菖蒲 (ショウブ) 言葉通り、非常に姿かたちが似ていて見分けがつきにくいアヤメ・ハナショウブ・カキツバタですが、まず5月上旬にアヤメから咲き始め、続いて5月中旬にカキツバタ、5月中旬から6月下旬になるとハナショウブが咲き出します。菖蒲は「あやめ」とも「しょうぶ」とも読むことが出来ますが、「菖蒲華」の菖蒲は、花の咲く時期から「ハナショウブ」ではないかと考えられています。菖蒲の花 これら三つの見分けるポイントは、花弁のつけ根を見ることです。どれも紫色の花をしていますが、アヤメには網目模様、花菖蒲には黄色い菱形模様、杜若には白く細い線が入っているのが特徴です。また、咲いている場所で見分ける方法もあり、アヤメは水はけの良い草地に、カキツバタやハナショウブは水辺や湿地に咲きます。】
いつも雨を心配する季節ですが、このすっきりしない気候があるからこそ、生きている生き物もおり、たまに見られるお日様がありがたく、カラッとした夏空が待ち遠しくもなります。今日も自然に順じ素直に生活していきましょう。行ってらっしゃい。

「あやめ」の由来 古くは、現在の「しょうぶ」を「あやめ」または「 あやめぐさ」と呼びました。中国から渡来した女性を「漢女(あやめ)」と呼んだことから、その漢女のようになまめかしい草という意味で「あやめ」と名付けられたとする説が有力。また、綾織物の織り目である「文目(あやめ)」に葉脈が似ていることから「あやめ」と呼ぶようになったとする説もあります。漢女は中国から機織女として渡来しており、機織、裁縫に秀でていたことから、「あやめ」は「漢女」と「文目」の両方の意味を含むものと考えることもできます。
おはようございます。週明け、2日間は梅雨の中休みといったところでしょうか?
【七十二候が夏至の次候に変わり、菖蒲の花が美しく咲き始める頃となりました。「いずれあやめか杜若」これは、どちらも優れていて優劣がつかず、選択に迷うことのたとえです。菖蒲 (ショウブ) 言葉通り、非常に姿かたちが似ていて見分けがつきにくいアヤメ・ハナショウブ・カキツバタですが、まず5月上旬にアヤメから咲き始め、続いて5月中旬にカキツバタ、5月中旬から6月下旬になるとハナショウブが咲き出します。菖蒲は「あやめ」とも「しょうぶ」とも読むことが出来ますが、「菖蒲華」の菖蒲は、花の咲く時期から「ハナショウブ」ではないかと考えられています。菖蒲の花 これら三つの見分けるポイントは、花弁のつけ根を見ることです。どれも紫色の花をしていますが、アヤメには網目模様、花菖蒲には黄色い菱形模様、杜若には白く細い線が入っているのが特徴です。また、咲いている場所で見分ける方法もあり、アヤメは水はけの良い草地に、カキツバタやハナショウブは水辺や湿地に咲きます。】
いつも雨を心配する季節ですが、このすっきりしない気候があるからこそ、生きている生き物もおり、たまに見られるお日様がありがたく、カラッとした夏空が待ち遠しくもなります。今日も自然に順じ素直に生活していきましょう。行ってらっしゃい。
カテゴリ:七十二候
「沖縄慰霊の日」と自衛官候補生銃乱射事件
2023.06.23
平和記念公園

「沖縄戦終焉の地」糸満市摩文仁の丘

おはようございます。今日は不安定ですが、晴れ間もうかがえる1日となると良いのですが。
今日6月23日の「慰霊の日」は、沖縄戦犠牲者の霊を慰め世界の恒久平和を願う日です。沖縄県が条例で記念日として定めました。沖縄戦は、太平洋戦争の末期である1945年に、日本軍と、沖縄諸島に上陸したアメリカ軍を主体とする連合国軍との間で行われた戦いです。日本軍は沖縄を本土防衛の最後の拠点とし、連合国軍は日本本土に攻め入るための基地として、沖縄諸島を攻略しようと試みました。沖縄戦では、連合国軍と日本軍を合わせて20万人以上の犠牲者が出たといわれています。そのうち、一般の犠牲者は推計で約10万人です。沖縄県民の4人に1人が命を落とした壮絶な戦いで、甚大な被害がありました。「慰霊の日」は、アメリカ軍が主体となった連合国軍と日本軍との間で起こった組織的な戦闘が終わった日とされています。1945年6月23日に、沖縄現地に配備された日本軍の牛島満司令官と長勇参謀長が自決し、組織的な戦闘が終結したことから、この日が「慰霊の日」に定められました。
さて、現代日本では銃によって尊い命が奪われる事件が起きました。それも日本を他国からの侵略、災害発生時にいち早く国民を守るために組織されたはずの自衛隊内部での事件です。殺傷能力のある武器を扱う特別な場所で人の命を奪う行為が公然と行われたことに衝撃が走ります。なんとも恐ろしいことです。日本では銃の所持は厳しく規制されていますので、アメリカのように学校で銃の乱射があることは、確立としては低いと思います。しかし、昨今は狩猟用の散弾銃などで身内や夫婦間で起こる殺傷事件も相次いています。
一見銃がなく安全な日本で、今回無差別に近い自動小銃(連続発射できる銃)の乱射事件が起きたことは衝撃的です。しかも18歳の青年が手を下したという事実は、それまでの育ちに何かしら原因があると考えざるを得ません。弾を込め外部に持ち出そうとしていた節もあるということで、日本の社会が抱える大きな闇を感じます。たとえ銃がなくても「人を殺してみたい」等の願望が、理性によってコントロールできない若者が事件を起こしている事実は、氷山の一角にすぎないと思います。そのように考えると、おちおち外出もままならなくなると感じます。絶対の安全などあり得ないのが生き物の世界、理解できないのが人の心でもありますが、「信じる」を失えばもはや人間ではなくなってしまいます。命の尊さや人間が起こす過ちについて、身近なところから警鐘を鳴らしつつ、記念日を通じ過去の戦争と過ちに対し目をそらさず、風化させない気持ちを失ってはならないと考えます。行ってらっしゃい。
夕刻 「身近に生き物がいること」
身近に生き物を見て触れられる機会があると、生き物への関心が様々な所に現れてきます。どうして子どもたちは生き物に関心が強いのか、これは本能的なものとしか答えようがありません。今日も園庭でミミズやナメクジを探す子どもたちの姿が見られました。ミミズ一匹で20分、関わる子どもが4人もいました。これが蝶やトンボ、バッタが現れたら世界はさらに広がるのです。室内であればイメージや思いが膨れ上がるものは、絵本や歌その他の玩具に限定されます。だからこそ室内は素材そのものと準備の仕方に工夫が必要となるのです。
数年前子どものキャンプ活動をしていた時、子どもから「このカブトムシは電池で動いているの?」と信じられない質問を受けたことがありました。どれだけ自然環境から遠ざかる生活をしていたのかを、象徴する言葉だと思います。子どもは屋外にいるだけで様々なことを学んでいます。それは屋外が変化に富んだ世界だからです。変化は子どもたちにとっては、新しくて面白い体験と、様々な自然物の変化を得ることができ、また自分の力で変えていくことができる主体性発揮の場でもあります。私が屋外での活動を積極的に行うのはそのためです。今は中々効果が現れるものではありません。5年単位くらいで子どもたちの心の中と身体能力は確実に変わったことが分かるようになります。
親や教師は教育の効果を短期間で確かめたい欲求にとらわれがちですが、人間の発達はそんな簡単にはいきません。比較的分かりやすいのが、知識と技術的成果ということなのです。しかし、この教育に専念すると心の発達は置き去りになる危険性があることを心得ておいてください。本当に今子どもたちに必要な環境と力は何であるのかを、大切にしなければなりません。

「沖縄戦終焉の地」糸満市摩文仁の丘

おはようございます。今日は不安定ですが、晴れ間もうかがえる1日となると良いのですが。
今日6月23日の「慰霊の日」は、沖縄戦犠牲者の霊を慰め世界の恒久平和を願う日です。沖縄県が条例で記念日として定めました。沖縄戦は、太平洋戦争の末期である1945年に、日本軍と、沖縄諸島に上陸したアメリカ軍を主体とする連合国軍との間で行われた戦いです。日本軍は沖縄を本土防衛の最後の拠点とし、連合国軍は日本本土に攻め入るための基地として、沖縄諸島を攻略しようと試みました。沖縄戦では、連合国軍と日本軍を合わせて20万人以上の犠牲者が出たといわれています。そのうち、一般の犠牲者は推計で約10万人です。沖縄県民の4人に1人が命を落とした壮絶な戦いで、甚大な被害がありました。「慰霊の日」は、アメリカ軍が主体となった連合国軍と日本軍との間で起こった組織的な戦闘が終わった日とされています。1945年6月23日に、沖縄現地に配備された日本軍の牛島満司令官と長勇参謀長が自決し、組織的な戦闘が終結したことから、この日が「慰霊の日」に定められました。
さて、現代日本では銃によって尊い命が奪われる事件が起きました。それも日本を他国からの侵略、災害発生時にいち早く国民を守るために組織されたはずの自衛隊内部での事件です。殺傷能力のある武器を扱う特別な場所で人の命を奪う行為が公然と行われたことに衝撃が走ります。なんとも恐ろしいことです。日本では銃の所持は厳しく規制されていますので、アメリカのように学校で銃の乱射があることは、確立としては低いと思います。しかし、昨今は狩猟用の散弾銃などで身内や夫婦間で起こる殺傷事件も相次いています。
一見銃がなく安全な日本で、今回無差別に近い自動小銃(連続発射できる銃)の乱射事件が起きたことは衝撃的です。しかも18歳の青年が手を下したという事実は、それまでの育ちに何かしら原因があると考えざるを得ません。弾を込め外部に持ち出そうとしていた節もあるということで、日本の社会が抱える大きな闇を感じます。たとえ銃がなくても「人を殺してみたい」等の願望が、理性によってコントロールできない若者が事件を起こしている事実は、氷山の一角にすぎないと思います。そのように考えると、おちおち外出もままならなくなると感じます。絶対の安全などあり得ないのが生き物の世界、理解できないのが人の心でもありますが、「信じる」を失えばもはや人間ではなくなってしまいます。命の尊さや人間が起こす過ちについて、身近なところから警鐘を鳴らしつつ、記念日を通じ過去の戦争と過ちに対し目をそらさず、風化させない気持ちを失ってはならないと考えます。行ってらっしゃい。
夕刻 「身近に生き物がいること」
身近に生き物を見て触れられる機会があると、生き物への関心が様々な所に現れてきます。どうして子どもたちは生き物に関心が強いのか、これは本能的なものとしか答えようがありません。今日も園庭でミミズやナメクジを探す子どもたちの姿が見られました。ミミズ一匹で20分、関わる子どもが4人もいました。これが蝶やトンボ、バッタが現れたら世界はさらに広がるのです。室内であればイメージや思いが膨れ上がるものは、絵本や歌その他の玩具に限定されます。だからこそ室内は素材そのものと準備の仕方に工夫が必要となるのです。
数年前子どものキャンプ活動をしていた時、子どもから「このカブトムシは電池で動いているの?」と信じられない質問を受けたことがありました。どれだけ自然環境から遠ざかる生活をしていたのかを、象徴する言葉だと思います。子どもは屋外にいるだけで様々なことを学んでいます。それは屋外が変化に富んだ世界だからです。変化は子どもたちにとっては、新しくて面白い体験と、様々な自然物の変化を得ることができ、また自分の力で変えていくことができる主体性発揮の場でもあります。私が屋外での活動を積極的に行うのはそのためです。今は中々効果が現れるものではありません。5年単位くらいで子どもたちの心の中と身体能力は確実に変わったことが分かるようになります。
親や教師は教育の効果を短期間で確かめたい欲求にとらわれがちですが、人間の発達はそんな簡単にはいきません。比較的分かりやすいのが、知識と技術的成果ということなのです。しかし、この教育に専念すると心の発達は置き去りになる危険性があることを心得ておいてください。本当に今子どもたちに必要な環境と力は何であるのかを、大切にしなければなりません。
カテゴリ:戦争
天皇・皇后両陛下のインドネシア訪問
2023.06.22
インドネシア伝統舞踏(レゴンダンス)

おはようございます。今日は雨の確率が高いです。そろそろ地面も適度な潤いが欲しいところです。
さて、天皇、皇后両陛下がインドネシアを訪問されました。日本と戦前戦後を通じ深い関係を持っている国ですが、皇族が熱い歓迎を受けられることは、とても嬉しいことです。しかし、戦中、戦後は暗い歴史も存在しています。日本は戦中に国を支配し、天然資源を殖産興業のために獲得しようと、人民を重労働させ亡くなった方も大勢います。教育も日本式に行い、国民の文化、伝統、習慣を強制的に変更したことも事実です。様々な文化的生活を持ち込んだことは一面豊かさも保証しましたが、国民としての真の発展を願った方法であったとは言えません。また、日本人も終戦後多くの兵が残留し、インドネシアの独立のため戦いました。忘れてしまってはならない歴史があることを、この皇族訪問で改めて心に刻むことも日本国民の責務であると思います。このことは決して後世に残す負の遺産ではなく、「後世が戒めとすべき正の遺産」であることを認識しなければなりません。
インドネシアは「祈りの国」でもあります。【インドネシアでは国家原則「パンチャシラ」による決まりで、「生まれたときから何か宗教を信仰しなければいけない」というルールがあります。それと同時に「どの宗教を信仰してもいい」という平等な権利も認められているのです。だから無宗教の人もいなければ国が定める宗教もなく、多様な宗教が信仰されているのです。】ほとんどの国民がイスラム教信者ですが、古代はヒンズー教が主流でした。ジャワ島はポロブドゥール(仏教遺跡)、バリ島はヒンズー教、不思議な音階を持つガムラン(楽器)、伝統舞踊(ケチャック・レゴン・バロン)、バティック(ろうけつ染め)等多彩で豊かな文化を持ち、多民族、多宗教、多文化で古来より多様性の中で協調し生きてきた民族です。日本でも沖縄地方は歴史的に中国や欧米諸国との外交で多様性を発揮し、うまく付き合った歴史、民俗性を育んでいますが、インドネシアは様々な影響をも自国の特徴にしてしまう優れた国民性を持っていると思います。様々な国から学ぶことも必要ですね。行ってらっしゃい。
夕刻
体を使い指先を使い、雨の日は園庭とは違い保育士が素材を提示しなければ、心も体も時にコントロールが効かなくなります。上手に動と静を組み合わせながら、心が楽しさで充ちていくように環境設定します。今日などは朝から「雨ふり、気温低い、暗い」など昨日とは正反対のお天気です。体の調子を整えていくだけでも幼い心身にはパワーが必要になります。大人はこのような時こそ、それぞれの個性の塊であるひとり一人が、安定して1日を過ごしていくように配慮しなければなりません。気持ちが下向きになったり、むしゃくしゃするのは子どもたちも同じ、何十年か先を生きる私たちは、このような日を乗り越えられるヒントや活動で少しばかり背中を押し、手助けをしていきます。自分で楽しさを見つけ今日1日が子どもたちにとって充実した時間となるように、雨の日も風の日も嵐の日も寄り添っていきたいのです。
宮澤賢治 「雨ニモマケズ」
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋イカラズ イツモシヅカニワラッテヰル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノ䕃ノ小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ 北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒヒドリノトキハナミダヲナガシサムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズサウイフモノニ ワタシハナリタイ

おはようございます。今日は雨の確率が高いです。そろそろ地面も適度な潤いが欲しいところです。
さて、天皇、皇后両陛下がインドネシアを訪問されました。日本と戦前戦後を通じ深い関係を持っている国ですが、皇族が熱い歓迎を受けられることは、とても嬉しいことです。しかし、戦中、戦後は暗い歴史も存在しています。日本は戦中に国を支配し、天然資源を殖産興業のために獲得しようと、人民を重労働させ亡くなった方も大勢います。教育も日本式に行い、国民の文化、伝統、習慣を強制的に変更したことも事実です。様々な文化的生活を持ち込んだことは一面豊かさも保証しましたが、国民としての真の発展を願った方法であったとは言えません。また、日本人も終戦後多くの兵が残留し、インドネシアの独立のため戦いました。忘れてしまってはならない歴史があることを、この皇族訪問で改めて心に刻むことも日本国民の責務であると思います。このことは決して後世に残す負の遺産ではなく、「後世が戒めとすべき正の遺産」であることを認識しなければなりません。
インドネシアは「祈りの国」でもあります。【インドネシアでは国家原則「パンチャシラ」による決まりで、「生まれたときから何か宗教を信仰しなければいけない」というルールがあります。それと同時に「どの宗教を信仰してもいい」という平等な権利も認められているのです。だから無宗教の人もいなければ国が定める宗教もなく、多様な宗教が信仰されているのです。】ほとんどの国民がイスラム教信者ですが、古代はヒンズー教が主流でした。ジャワ島はポロブドゥール(仏教遺跡)、バリ島はヒンズー教、不思議な音階を持つガムラン(楽器)、伝統舞踊(ケチャック・レゴン・バロン)、バティック(ろうけつ染め)等多彩で豊かな文化を持ち、多民族、多宗教、多文化で古来より多様性の中で協調し生きてきた民族です。日本でも沖縄地方は歴史的に中国や欧米諸国との外交で多様性を発揮し、うまく付き合った歴史、民俗性を育んでいますが、インドネシアは様々な影響をも自国の特徴にしてしまう優れた国民性を持っていると思います。様々な国から学ぶことも必要ですね。行ってらっしゃい。
夕刻
体を使い指先を使い、雨の日は園庭とは違い保育士が素材を提示しなければ、心も体も時にコントロールが効かなくなります。上手に動と静を組み合わせながら、心が楽しさで充ちていくように環境設定します。今日などは朝から「雨ふり、気温低い、暗い」など昨日とは正反対のお天気です。体の調子を整えていくだけでも幼い心身にはパワーが必要になります。大人はこのような時こそ、それぞれの個性の塊であるひとり一人が、安定して1日を過ごしていくように配慮しなければなりません。気持ちが下向きになったり、むしゃくしゃするのは子どもたちも同じ、何十年か先を生きる私たちは、このような日を乗り越えられるヒントや活動で少しばかり背中を押し、手助けをしていきます。自分で楽しさを見つけ今日1日が子どもたちにとって充実した時間となるように、雨の日も風の日も嵐の日も寄り添っていきたいのです。
宮澤賢治 「雨ニモマケズ」
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋イカラズ イツモシヅカニワラッテヰル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノ䕃ノ小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ 北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒヒドリノトキハナミダヲナガシサムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズサウイフモノニ ワタシハナリタイ
カテゴリ:宗教・文化