お知らせ

卒園生、転園生のみなさんへ25

2023.06.07

ひと隅を照らすことは やがて国全体をを照らすことにつながる
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6月7日 朝 まずは足元から・・・横田早紀江さんの笑顔
おはようございます。今日、明日は貴重なお日様を感じられる日となりそうです。少々暑さも増しますが、ありがたい日の光に替わりはありません。いつかは太陽も消滅する日がやってきます。人間も老いない人がいないように終わりがあります。だから1日の大切さを心にとめ過ごしたいものです。
横田めぐみさんの父である、横田滋さんが2020年に亡くなって3年目になります。娘を北朝鮮に拉致され、帰還を待ちわびる父母の悲しみは計り知れません。5日の中日新聞に孫を抱く母の早紀江さんの姿が掲載されました。血のつながった子どもを笑顔で抱く姿は、嬉しくても悲しさ溢れる姿に見えてしまいます。天から孫を授かり、時々お世話しながら生きる私は、なんと幸せなことだろうかと心から思います。
政府も小泉元首相以来努力を続けていますが、悪化する国際情勢を前に手だてを失っています。家族が離散する事実は私には想像を絶する出来事です。万が一子どもや孫がそのような事態に巻き込まれたら、いてもたってもいられないと思います。そのような状態が幾十年も継続したならば、怒りを通り越してしまうはずです。「恥ずかしくない人生を送ろう」そう心に誓い、日々を懸命に生きようと心に銘じます。
生きていれば様々なことに出会います。嬉しいこと、悲しいこと、寂しさやどん底、できれば幸せに生きたいと願いますが、幸も逆境もその一つ一つを味わい、生きていかなければならないのが人間の定めであるならば、早紀江さんが苦しみの最中にも、ろうそくのように一灯をともす明るさを持ち生きる姿を見習い、自分自身をそして周りを明るくする人であるように努めていこうと思います。行ってらっしゃい。

6月7日 夕刻
1歳児クラスで4月に入園した子どもたちは、慣れる期間が2ケ月間と短いですが、安心感は得られていますので、事故や気持ちの動揺による病気の発生確率は減少しています。遊びへの取り組みはまだまだ探索中といったところでしょうか。テイスティングをして、興味がすぐ他のものに移ることも多いです。ですが、おもしろそうなことにはすごく敏感です。だから何かあると駆けつけてきます。おもしろい匂いでもするのでしょうか?この興味や意欲が子どもたちの大切な毎日の食べ物のような気がします。「楽しさ」という食べ物は、毎日欠かすわけにはいけません。楽しさがあるから嫌なことも億劫なことも「しょうがないなあ」と次の楽しさの見通し持って取り組めるのです。
「ごっこ遊び」という言葉をよく聞かれると思いますが、この遊びができるようなるためには、それなりの発達時期にイメージができやすくなるような体験を積み重ねておく必要があります。元は絵本やお話、歌などの想像の世界をどれだけ体験しているかによって、その再現力は違ってきます。子どもたちは不思議ですが、つもり遊びの中では片付けをし、スプーンもしっかり持ち、人のお世話もするのです。それは物を見立てたり、警察官や消防士、お店屋さんになり切ることが嬉しくて仕方がないことだからです。「まねて まなぶ」まさに毎日がこの繰り返しです。保育園は決して「習慣や何かをできるようにするための養護、教育施設」ではありません。子どもたちの生きる力(意欲、優しさ、健康な体、なんでも使いこなす指先、発想力、粘り強さ)を育てる場所なのです。子どもに善悪や技術的な訓練を、興味に応じることなく一方的に与え続けていけば、心は屈折あるいは無気力となり、本当の自分を見つけられなくなってしまいます。
乳幼児期はとても大切です。その大切さの中身は、「安心」、「自発」、「自信」に向かうべきであることをご理解いただければ幸いです。

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卒園生、転園生のみなさんへ24

2023.06.06

自由への叫び 治安の維持 自由経済 共産党政権

おはようございます。今日は昨日よりも気温は低めとなりますが、梅雨時らしく前線の影響を受け相変わらず天気は不安定となりそうです。突然の雨や風に注意は必要です。
さて、6月4日は中国の天安門事件から34年目になります。民主化を叫んだ若者は弾圧され、海外に活路を見出す人もいますが、抑圧されながらも国内にとどまっている人もいるようです。香港の中国本土化、台湾への圧力、周辺諸国への軍事関与等、「一帯一路」へ突き進む習近平体制はますます勢いを増し、独裁色と覇権主義的行動が目立つようになってきました。アメリカとの軍事衝突は世界を不安にするといいながら、輸送機?の前を通過する戦闘機、米軍艦船の前を横切る駆逐艦の行為に、言葉と裏腹な危険な軍事行為も見て取れます。このままエスカレートしていくことが良くないことは目に見えています。
「目には目を、歯には歯を」は古代メソポタニアバビロン国ハムラビ王(在位紀元前1792年~紀元前1750年)が風習を法律化したことで知られています。「復讐」の理論として認知している方がほとんどだと思いますが、実は国を治めるための「償い」の法律だったとのこと。言葉尻だけを捉え、誤解も多いため、中国の歴史、民俗性についてもよく調べ、理解したうえで考えないと間違うこともあるはずです。
中国は日本の幕末期イギリスに植民地化されたり、太平洋戦争時日本に統治されるなど、当時の100年間を恥辱の期間と捉えています。元々統治者に対し拘ることがなかった民族性は、様々な北方遊牧民、満蒙人に国家運営を任せていました。考えてみれば多民族がひしめく大陸で、数年単位で統治者が変わることに対し、いちいち国民が左右されていたら生きてはいけません。したたかな一面も持っているのが国民性かもしれません。
しかし、国としての形を整えつつあった毛沢東時代に反日、反西洋化の機運が高まり、国民の自覚を促したとも言えます。恥辱の100年を一気に中華人民の誇り、覇権的国家に転換すべく、奮闘しているかのように映ります。
経済、軍事力を持った中国が、今後どのように影響を及ぼしていくかは計り知れませんが、中国国民も周辺国の人々も自らの風習や考え方の中で暮らしていけるのが、最大の幸せだと思います。他国を侵略しない限り、お互いの文化を尊重しあいながら干渉しすぎず生きていくことが最善の道のようにも思いますが、皆様はどのようにお考えになりますか?「呉越同舟(中国故事)」を生み出した先輩国を信じたいです。行ってらっしゃい。

ミミズちゃん カエル君天国!6月6日 夕刻
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今日のお天気はミミズやカエルくんには、絶好のお出かけ日和、普段より遠くまでご飯を探しにやってきます。保育園の周りには田んぼや畑もあるため、園庭に住んでいるミミズや昆虫を食べにやってきます。ミミズちゃんにとっては受難の日となってしまいました。ミミズやダンゴムシは、土、落ち葉等を食べ、糞によって土の構造や栄養を整え、肥沃な土に戻してくれる優れた生き物です。そんな虫とは露知らず、子どもたちは無心に戯れます。生き物の楽しさや不思議さに出会うことは、人間が生きるに必要な野菜などを作るために、土壌を豊かにする小さな生き物たちなのです。
もちろん土そのものにも目には見えないバクテリアや細菌など、多くの生き物が生活しています。知らない間に皮膚や口から人体にも取り込まれているはずです。人間も全くの無菌状態であったなら、おそらく地球という素晴らしい環境下でさえ、すべての菌を病原体と考えなければならなくなります。「人体の抵抗力」は、生まれてから様々な地球上の物質に触れていくことで身についていきます。もちろん傷を負っている皮膚や弱っている体では細菌に打ち勝つことはできません。程度問題であることは間違いありませんが、無菌に近い環境に生活し続けることは、決して良いとは言えません。
とにかく子どもたちは見ること、触れるもの、匂うもの、聞こえる音のすべてが、初めて出会うものばかりであることを考えると、その環境に慣れていくことが、生きるすべであることは間違いありません。大人は様々な経験を積んでいるため、転ばぬ先の杖を使いがちになりますが、ぐっとこらえて「小さな冒険」をしていくことが、最終的には子どもたちの自立へとつながっていきます。このことを少し頭の隅に置いていただきますと、子どもさんの自立、自律はスムースになりやすいとお考え下さい。 

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卒園生、転園生のみなさんへ23

2023.06.02

6月2日 人としての成長 朝
おはようございます。今日は大雨の予報です。災害がありませんように。
さて、身近な世界にも人間の心の闇によって引き起こされる出来事が増えています。長野県の立てこもり殺人事件、高齢者の親族殺人、闇バイトに巻き込まれる若者、あおり等無謀な運転、どれも心の未発達、コントロール不全、他律的思考が元で起きていると考えられます。事件、事故として報じられている「闇」はほんの氷山の一角のような気がしてなりません。
どうしてこのようなことが起きてしまうのでしょうか?闇バイトに関わってしまい、強奪した金庫を移送中に高速道路でトラックに追突され亡くなった若者の父親が、育て方について後悔しておられました。(5月30日NHKクローズアップ現代)「反抗期すらほとんどなく、順調に育っていた」、「亡くなった後に闇バイトに関わったことを知った」、「事実を信じられなかった」、父親はどうしても理由が知りたかったため、仲間関係、本人の事績を追いました。
親元を離れ一人暮らしをしていた本人は、変化と言えば髪を染め始めた程度。大学の授業には出席していました。良い仲間にも恵まれ普通の生活を送っていたはずが、なぜかホストクラブのバイトを始めた。仲間が何度も繁華街で働くことに反対し説得したが、報われず夜の街で働くようになってから、何らかの理由で闇バイトに関わってしまった。本人は後悔している様子だったが、結果は自らの死とつながりのないバイト仲間の、「かける言葉はありません」との取材記録でした。
父親は「幼少期、挫折を体験する前に、手前で手を差し伸べてしまった」、「小さな挫折を体験させておくべきだった」と自己の子育てを後悔されておりました。大きな心の痛手、ケガにつながる状況は大人が取り除くことが必要です。「かわいい子には旅をさせろ」と言われてきました。それぞれの発達段階での適切な心と身体への負荷は、ひとり立ちし、世の中に対して適応した判断をしていく力の育ちになくてはならない機会です。私も含めて子どもは自分の所有物ではないことを自覚するとともに、子どもの力を計りながら失敗を経験させていくことの大切さを思わずにはいられません。行ってらっしゃい。


雨の日でも子どもはパワー全開!夕刻
子どもたちの遊びへのエネルギーはとても大きく、雨の日でもそのパワーは健在です。体を動かすことで日々成長している心と体は、出来事を全身を使って感じようとしています。ボールは一つだけを見るとその性質に遊び方は限定されてしまいますが、器(箱、入れ物)があることで、様々な楽しさへの発見へとつながっていきます。単なる投げるからぶちあける、入れる、運ぶ等、発想も考えも膨らみ遊びの楽しさを追求していきます。これが遊びこむという状況ではないでしょうか。物と動きを意図的に結び付けていくためには、物的環境を整える必要があります。思いつき、遊びを発想するのは子どもたちの自発を待ちます。
要は予測と計算に基づき環境を準備することが、子どもの思考を刺激し、様々な身体使いを自分で発見し夢中になる(遊びこみ)時間を作っていくのです。そのヒントは子どもの今現在の発達を正確に把握しておくことだと思います。たとえ子どもが食いつかなくても、いくつもの方法を用意しておくことが、その発達を支援する結果を生むはずです。保育士の思う通りになるなど、おこがましく考えていると、その目的に向かって子どもを意図的に操作(強制)することにつながってしまうこともあります。主体はあくまで子どもです。遊び方を提示することは問題ないですが、選択は子どもたちがしなければなりません。

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卒園生、転園生のみなさんへ22

2023.06.01

自然を通じた感動!の力 6月1日 朝
おはようございます。週末に接近する台風は、何とか南海上通過で難を逃れそうです。少しほっとしましたが、まだまだ油断せず見守っていきましょう。
世界も日本も殺伐としたニュースが続いていますが、今朝は「心温まるお話」をいたします。
昨日の園庭は「モンシロチョウ」が翔び交い、のどかな風景が広がっていました。そんな時園庭を駆け回り、園を見学に来た人にまで「自らの力で蝶を捕まえたこと」をはじけんばかりの笑顔で知らせていた園児さんがいました。よほど嬉しかったのでしょう、駆け回る姿、満面の笑顔にその感動がみなぎっていました。普段は草花を集めたり、静かに遊んでいることが多い女の子、でも「自分で見つけ、捕まえた喜び」は、誰かに伝えたい強い思いが我を忘れて誰かれなく話したい感動に結びついたのでしょう。その思いはきっと心の中を明るく照らし、意識しなくても、これから生きる人生の中で役立つ時が来るでしょう。
人生は苦しい時の方が多いかもしれません。しかし、自然の美しさ、素晴らしさを体験した子は、決して曲がることがない真っすぐな心根を自らに育てていき、時に心が閉ざされても、再び立ち上がることができるようになっていくのです。そんな遠い未来も見据え、一瞬一瞬の子どもたちの感動を見過ごさず、心を分かち合う大人でありたいと願います。その後女の子は蝶を逃がしてあげることを自ら決め、そのことを共に感動してくれた実習生の先生に告げたのでした。😢
子どもたちの姿から学ぶ爽やかな心に感謝し、今日も過ごしていきましょう。行ってらっしゃい!

雨の日は・・・
これからは雨の季節。室内で集中できる遊びを、本人がたくさん見つけられるように環境を整えておくことも必要です。雨の中お外では遊べませんが、見て聞いて触れて雨を感じ、絵本の世界に想像力を働かせる時間も作りたいですね。子どもたちは非現実の想像の世界に浸ることが大好きです。もちろん絵本はイメージを膨らませるだけではなく、めくる、口に入れるなどをすることで、形や重み、匂いなどを感じていくものでもあります。そして一人で見るよりも必ず話し手を求めます。母さん父さん、保育士の膝に座り、優しい言葉と慣れ親しんだ大人の声によって、心は落ち着き安心していきます。時々大人の顔を見ては、どんな思いなのか、「笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか」、その表情をみて、感情を学んでいきます。
子どもたちの生活には「お話」と同じようにストーリーがあります。もちろんクライマックスも、ちゃんと心の中で「楽しみ」として待ち受けています。大人におもしろい表情や、お決まりの表現を求める時、「今か今かと待ちわびる」このワクワク感は、まさに心の中のクライマックスを楽しんでいるのです。
雨の日はお外へ出られない分、親子であるいは保育士とイメージをたくさん作り上げていくには良い時です。園庭で遊んだ時の、お散歩へ行った時の、海や川へ行った時の想い出とともに、嬉しさ、安心の感情を追体験しながらイメージを確かにしていく絶好の機会でもあるのです。これらの豊かな想像の世界は、必ず見立て、つもり、ごっこなどの遊びとなって子どもたちに戻っていきます。そして豊かな感性、豊かな人との関係性を築いていく上の重要な要素となっていくことでしょう。

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卒園生、転園生のみなさんへ21

2023.05.31

5月31日【食料輸入依存国 日本】
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おはようございます。東海地方は5月に何十年ぶりかの梅雨に入ったことが発表されました。季節訪れにも環境変化の影響が表れているようです。雨は農家にとっては待ちに待った天からの恵みです。気象予報士は「あいにくの雨」という言葉は禁句だということです。大雨による災害は危惧されますが、過去の災害を忘れることなく備えながら、雨の季節に豊作と情緒を楽しめる感性も持ちたいものです。
【七十二候が小満の末候に変わり、初冬に蒔かれた麦が小麦色に熟す頃になりました。刈り取りを待つ麦畑は、一面黄金色に輝き、新緑がまぶしいこの頃にコントラストが際立ちます。収穫期を迎えたこの時期を「麦の秋・麦秋 (ばくしゅう)」といい、旧暦4月の異名にもなっています。麦がたわわに実り、麦にとっての収穫の「秋」であることから名付けられました。雨が少なく乾燥した季節ですが、まもなく梅雨が始まります。そんな麦秋の候には、「麦」に因んだ言葉がたくさんあります。この頃に麦の穂を揺らしながら吹き渡るさわやかな風は「麦嵐」「麦風」「麦の秋風」、また、そよぐ穂を「麦の波」、降る雨を「麦雨 (ばくう)」といいます。麦の種蒔きや刈入れにぴったりな日は「麦日和」。そろそろ麦わら帽子も大活躍と、まさに ”麦尽くし” の季節です。】
麦にも様々な種類(大麦、小麦、ライ麦、エン麦)があります。日本人に馴染み深いのは、小麦と大麦でしょうか?小麦はおよそ2000年前に日本に伝わりましたが、製粉技術(うす)が発達していなかったため、普及するのは江戸時代以降になります。うどん、和菓子、すいとん等今も人々の食生活を支え、栄養価も高く、大麦は健康食としても知られています。
ところが日本は小麦をほとんどを輸入に頼っており、高値となり家計を圧迫しています。直近のウクライナ、ロシア戦争によって世界でも輸出入が滞おり、貧しい国では飢餓も発生しているのが現状です。日本は元々米食文化ですしアレルギー問題も考えると、コメの自給率をあげ、同じく栄養価が高い米粉パンなどへの転用も考えていくべきかもしれません。食文化が多様となり何でも手に入る日本社会ですが、世界の事情を考えると、少しばかり我慢や忍耐をしていくのは「恕(思いやり)」の心を大切にしてきた日本人がなすべきことだと思います。行ってらっしゃい。


【自己中心でないとならない時期】 夕刻
まだまだ自己中心性を充実している途中ですので、おもちゃは一つでなくて二つあっても物足りません。譲ることができるのは満足しきったときだけ、発達から考えると、同じ物を二つ持っていても譲ることができない場面は多々あります。この発想は年長以降の子どもには通用しますが、2歳前後では分からなくて当たり前と考えたほうが良いです。
しかし、集団生活をしていると、他者が泣いているのを見て、「かわいそう」と感じることも、経験を重ねることで芽生えてくる感情のようです。不完全ですが、小さい子に優しくする、泣いている子を労わろうとする姿勢も見受けられるようになります。圧倒的に強い自己中心性を無理に「他者の中の自分」に引き込んでしまうと、逆に我慢が心の傷、欲求の不満足となり年長を越えても、自己中心性から抜け出せない心を作る場合もあります。「いけないことはいけないこと」ですが、強いトーン、口調で否定することは極力避ける必要があるのが、今の乳児期です。強く否定されると子どもたちは安心感を持てません。恐怖感は心の「臆病」への道案内であると心得ておく必要があります。友だちに手が出る、力づくで物を奪う等ケガや相手を傷つけてしまうことが予想される時は、直接止めに入らなければなりませんが、落ち着いた時にしっかりとお話しする、叱った後はしっかりと抱きとめる、絵本を読む、一緒に遊ぶなどを必ずしてあげることが大切です。子どもは叱られれば心がしぼみますが、自分が間違ったことを分かってもいます。大人への信頼はこのバランスある対応につきます。要するにダメ押しやしつこい叱責は、逆効果になるということです。
子どもも大人も心のバランスを保つことで、毎日を楽しく有意義に過ごすことが可能となります。そのバランスを欠いた時、心も体も病となってしまいます。子どもたちは未熟であり、うまく保っていくことができない対象と考えましょう。最近では大人もバランスを崩し心の病を発症しています。子どもはなおさら大切に、寛容に、おおらかにが必要な対象だと思います。

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