生き方を問う
2025.01.14

キャンプデービッド合意(1978年アメリカが仲介し合意したエジプトとイスラエルの平和条約)
おはようございます。
昨年は世の中の「一隅を照らす」を実践した多くの人々が生を全うしました。お正月のおめでたい時だからこそ、「私たちと同じ一人の人間がなしてきたこと」に思いを馳せ、新しい年の励み、目標を明らかにし理想を掲げるべきだと思います。人間は常に反省していないと何をし始めるかわかりません。「悪に流れやすい」のが人間と心得、故人から学び、自己を省み、社会を見直し、身近な関りを軌道修正していこうと思います。
詩人の谷川俊太郎さん、私たち乳幼児教育者にとっても、絵本を通じ馴染みがあり、また教えられる言葉の数々、子どもたちの感性を揺さぶる言葉を残し、人間の成長に尽力されました。今後も多くの子どもたちが成長過程の中で関わっていくことと思います。
小澤征爾さん、世界的な指揮者であり、気さくで情熱家、自分に対し特に厳しく妥協を許さない姿勢は学ぶべき生き方です。芸術、人間を愛し世界の人々と音楽を通じてつながることを示した素晴らしい芸術家です。
ジミー・カーターさん、政治家元アメリカ合衆国大統領、様々な紛争、差別に対し現役時代はもちろん退任後も尽力し、世界の平和と人権の擁護に勤めた偉大な政治家です。派手なパフォーマンスはなくしかし粘り強くアメリカ国民ばかりでなく人類を牽引するために行った活動は大変すばらしいことです。【バイデン大統領の声明「偉大な人格と、勇気や希望、楽観主義の持ち主だった」と評した上で、「この国のすべての若者たち、そしてよき人生を生きるということはどういうことかを模索しているすべての人たちに、原則、信念、謙虚さをあわせ持ったカーター氏のことを学んでほしい」と呼びかけています。】
他にも数々の方が見えます。皆様の心や生活の中に「一灯をともした偉大な人」はどなたでしょうか?身近な人でも著名人でも、誰かの生き方を見つめ真摯に向き合ってみることで、自分自身らしい生き方も見つけられるかもしれませんね。
カテゴリ:生き方
あそびで育つ身体と心!
2024.12.22

なんだろう?

手には一杯の花梨

なるほど!一気に転がるたのしさを満喫!
あそびの中で使う指先、全身は使いこなすことで少しづつ発達が進んでいきます。それに伴い習慣の時間もかからなくなり、相乗効果を生んでいきます。生活習慣は目に見えることのため大人も神経質になりがちです。しかし、着脱、食事、睡眠、排泄などは遊びが豊かになり、器用さや巧みな操作が楽しさから上手になっていくほどに、指先使い、人との関係性も上手になり、その結果面倒で煩わしい習慣が「さっさと」できるようになっていきます。とても時間がかかることでもあります。
大人は「あそび」にこそ、その豊かさを伸ばしていくための努力に力を尽くしていくほうが良いと思います。多少の時間的差異があったとしても、生活習慣はいつかはできるようになるものです。あまりに何度も指摘し続けることは、逆に子どものやる気を奪っているかもしれません。
お絵描き、シール貼り、押し車、花梨抱え、ままごと等々、その一つ一つの動作の中に、子ども自身が身につけていく習慣を見つめていくことが大切です。遊びの中で、なかま、ご家族、保育士への子どもの働きかけをとらえていきましょう。使う言葉や甘えを求める姿勢に、不足している愛情や身体接触、「うれしい、かなしい、くやしい」など芽生えている心を受け止めていきましょう!
いたずらや、なかまへの攻撃、食べ物で遊ぶなど、大人の価値観として否定すべきことを子どもたちはおもしろがって行う時もあります。いくら幼くても、してはならないことはきっぱりと「いけない」を伝えることは必要です。しかも心底から叱ることです。しかしその伝え方は考えなければなりません。「必要に何度も」、「心が傷つくほどに」、「汚い言葉」、これらは現に慎み、子どもとの付き合いは叱ることも「心をこめる」を忘れてはなりません。不適切とは子どもへの心がないことだと思います。自己の習慣にそぐわないからではなく、「子どもにとって必要だから」、これを忘れてはなりません。
カテゴリ:あそび
自然物は決して人間には作れません!
2024.12.22

ええーーーい 三人で ペッタン ペッタン ペッタンコ

ふふーん こうなってるんだ!
お餅を視るのも触れるのも初めての子どもたちがいたかもしれません!この得体のしれない物体は何だろう?まずは触ってみて感じてみよう、白くてネチャネチャ柔らかいね、あったかいし、増々分からなくなっていきます。でも、つく、丸める頃にはみんなすっかり素材のおもしろさに魅了されていたようです。
昨年まではお米をつぶして行っていましたが、やはり本物はいいですね!粘りが強い!だから実際手にしてみると、もち米ならではの感触が伝わってくると思います。これが食べ物であることはこのような体験、お正月、お鍋を食べる時にいつか結びついていくことと思います。保育園の小さな、しかし大切な初歩的人間生活の経験として位置付けたいものです。
昨日は焚火をして実際の炎を視る、あたる、煙の臭いなどを経験された子どもたちがいました。初めての物に対しては様々な反応がありますね。不安、怖れ、好奇心、それぞれの距離感は個性的ですが、やはり年齢なりに本物を体験していくことは大切なことだと考えています。そして子どもと自然の間で安心感を与え、その素晴らしさを伝えていく場や大人の存在も、子どもの心を育てる大切な役割を担っているのです。
火、お米は人間にとって欠かすことが出来ないものであると同時に、恐ろしい物、不足、過剰によって災いをもたらすものであることを覚えておかなければなりません。私は幼児の自然教育に40年程携わってきました。「火」は暖をとる、食事を作る、獣から身を守る、仲間と集う等、人間が生活していくうえで欠かすことのできない自然物です。水も同じですが、コメは水やお日様がなければ育つものでもありません。このような自然の摂理を幼い時から学んでおくことで、自然がもたらす偉大な力を理解していけると思います。
大いなる自然の存在は、人間が作り出せるものではありません。同時に「子どもを作る」といった表現は、とてもではないですが、人間の為せることではないことを奢って使う言葉としか思えません。子どもの命が簡単になくなってしまった時代は、成人することが何にも代えがたい親の大きな喜びでした。子どもは「天から授かった命」です。だから貴重で唯一で、大切に育てなければなりません。今の時代「子育て」が様々な問題を抱える状況といなっています。また知らない人に簡単に「生きる」を奪われるような時代になりつつあります。自然の摂理を思い出し、知恵を絞り子どもたちが健全に育っていく環境を模索しなければなりません。
カテゴリ:生き物・自然・人間