児童発達支援・放課後等デイサービス施設餅つき大会!
2026.01.24

fululunagoya.com
おはようございます。
先週の日曜日に中川区にある児童発達支援・放課後等デイサービス施設が行った餅つき大会に、来賓として参加させていただく機会がありました。「FululU(フルル)」という名前の施設です。【FululUの「lulu」には「宝石」・「貴重な」・「可愛い」という意味があります。fulには「Future」・「powerful」・「colorful」の3つの意味を込めています。未来に向かってそれぞれが自分の色を放ちたくましく生きていく!そんな全てのパワーの土台にある根っこを育てる場所。そんな療育を目指したいという想いが込められています。U =you 「あなた」の個性を生かし、子ども一人一人と向き合うという意味でUを大文字にかえ、表しています。そして、両サイドを挟む大文字には、大人がずっと見守っている・寄り添っていくよ、という気持ちが込められています。】
この施設の管理者さんは、実は私の教え子でもあるのですが、卒業後に母校のホームカミングデイ(同窓会)で再会し、施設を立ち上げたことを知りました。ご本人は若い時から様々に海外を旅し、その国ならではの「教育」を自分の目で見て体験し、各々のメリット、デメリットを現在の職場に生かしています。学校以外の居場所、療育が必要なこどもたち、保護者の皆様と共に歩む姿勢はとても素晴らしいものがあります。自らの足で役所や銀行を回り、門前払いが何度あっても諦めなかったそうです。そんな教え子(今は同等の立場です)がいることに私も誇りを感じます。会社組織で実践していくことは、自由もありますが、しっかりと採算も考えていかなければ事業を安定させていくことも叶いません。
代表には本園の園庭について、先日の焼き芋大会にお越しいただき環境を体験してもらいました。FululUの子どもたちが園庭に遊びに来てもらうようにお願いしたところ、「ぜひ遊びに来たい!」とお話されていました。様々な機会に様々な環境で生きる人たちと関わることはとてもよい経験です。本園の子どもたちもそんな出会いの機会を得られることで、これからの長い人生の中で必ず何かの役に立つはずです。人と人との前向きな関係性は、お互いが学びあい楽しさを分かち合い、自分の人生を豊かにしていくことに繋がると信じます。
カテゴリ:教育
ノーベル平和賞の譲渡
2026.01.24

おはようございます。
【(1月17日 AFP)昨年ノーベル平和賞を受賞したベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏が同賞のメダルをドナルド・トランプ米大統領に贈呈したのを受け、ノルウェー・ノーベル委員会は16日、ノーベル平和賞は受賞者と切り離せないものだと強調した。マチャド氏は15日、ノーベル平和賞のメダルをトランプ氏に「贈呈」したと述べた。ベネズエラでニコラス・マドゥロ大統領が排除されて以来、かやの外に置かれていることから、トランプ氏の歓心を買おうとしたものとみられる。だが、ノーベル委員会はノルウェーの首都オスロで声明を発表し、「メダル、賞状、賞金がどうなるかにかかわらず、最初の受賞者が歴史に記される受賞者であり続ける」「たとえメダルや賞状が後に他の誰かの手に渡ったとしても、ノーベル平和賞の受賞者が変わることはない」と強調。「平和賞受賞者や彼らが関与する政治プロセスについては」コメントしないと付け加えた。】
以前から「自分こそ適任者」と言い放っていたトランプ氏、「私たちの自由に対する比類なき貢献をたたえるため」とマチャド氏、どっちもどっち、「いいかげんにせーや」と言いたいですね。一部の人間が厚遇されたとしても、平和はすべての人間が実感できてこそだと思います。武力で他国を抑え込もうとする力に対し、「平和への貢献」と評価してはならないはずです。極右化する世界、いったいどうなっていくのでしょうか?「人間の退化」としか思えない暴力による支配は、「野蛮」で「醜悪」な人間の悪の本性です。この力が人間社会で正当化されることは、人間の破滅への第一歩と理解しても良いと考えます。「仕方ない」で済ませていては、子どもたちの将来は暗闇です。
カテゴリ:政治・国際状況
冒頭解散
2026.01.24

おはようございます。
政策実行優先を掲げていた高市首相の発言が変わり波紋を投げかけています。2月初旬投開票が実施されることにより、野党立憲民主党と公明党は新党「中道」を結成、これもまた与党からは互助会政党などと揶揄され、政策なき票集めの手段と批判されています。国民生活にも豪雪地帯で、この時期の投票準備に大童(おおわらわ)となることが見込まれ、何のためにこのリスクを背負わされるのかに戸惑います。
高市氏は外交状況の緊迫化に伴い、日本が軍事費を増額する、改憲などへの考えを日本国民に「信」を問うことを目的とする。と述べていますが、首相の支持率が高いうちに、一議席でも与党票を増やしたいといった魂胆が垣間見えます。自民党の支持率は決して高いわけではなく、しかも他党が政権を担うにはあまりにも脆弱であり、国民は仕方なく考えている事実もあるように思います。
以前マラティール氏(元マレーシア元首)の日本への思いを掲載しましたが、日本の経済が低迷し、防衛に関してもアメリカに依存、追随している政治を、日本独自の方法に方向転換しなければならない、との考えにどのように向き合っていけるかが、「戦後日本の独自性」へ回帰できるか否かの分かれ目だとも思います。
しかし今の日本の「教育」、「社会」、「家族」、「地域」は、様々な意味でその勢いを失い、さまよっている状況でもあります。根本からの「日本人として独自性」を「日本の歴史」から学び直し、立て直していかなければ、安易な西洋化、テクノロジーだけに身を任せてきた風潮を変えるには大きな困難を伴います。日本は今外国人からその文化的特異性を注目されています。しかし真に日本人としての誇りを持てる状況であるかどうかは疑問にも感じます。明治期まで持っていた気骨ある人格は、果たしてまだ残っているのでしょうか?自分自身にも問いかけていく必要があります。
カテゴリ:政治・国際状況
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