「ヒロシマ原爆の日 8月6日」を忘れない!
2023.08.07
はだしのゲン

おはようございます。台風の影響が心配されます。備えを怠らないようにしましょう。
昨日は広島市に原子爆弾が投下され78年が経った日です。戦争の記憶も世代の交代によって薄れていきます。人間は記憶を忘れることで生きていけるのも確かですが、戦争による多大な犠牲が存在した事実は、努力することで決して忘れ去ってはならない記憶です。
教科書問題では「はだしのゲン」が教材から削除されました。クローズアップ現代(はだしのゲンはなぜ消えたhttps://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/episode/te/L5JNVQJYWQ/)では独自のアンケート調査を実施し、その疑問に客観的に答えを見つけようとしました。【広島市は平和教育を教育の原点、最重要課題と掲げています。10年前からは独自に平和教育プログラムをつくり、「ひろしま平和ノート」という副教材を使った教育を年間3時間、実践しています。プログラムが始まった背景には、広島市教育委員会が行った調査で、原爆投下の年や日時を正確に答えられる小学生が全体の33%にとどまるなど、被爆に関する知識や平和に対する意識が、子どもたちの間で希薄化しているという課題がありました。】
そこには教育現場が抱える様々な問題があります。この教材は小学校3年生で扱っているため、発達段階や現代にそぐわない(残酷性、犯罪、天皇の責任、浪曲などの描写)という意見もあります。確かに78年前の事実は、今を取り巻く文明社会からすれば臨場感はありません。理解もしにくいです。しかし、歴史はすべて現代文明から理解を試みても分からないのが当然です。当時の時代背景、日本の政治体制を理解できる年齢でなければ意味をなさないともいえます。「二度と起こしてはならない戦争、核爆弾使用」をどの年代にどのように伝えていくかは考えるべきことだと思いました。行ってらっしゃい。

おはようございます。台風の影響が心配されます。備えを怠らないようにしましょう。
昨日は広島市に原子爆弾が投下され78年が経った日です。戦争の記憶も世代の交代によって薄れていきます。人間は記憶を忘れることで生きていけるのも確かですが、戦争による多大な犠牲が存在した事実は、努力することで決して忘れ去ってはならない記憶です。
教科書問題では「はだしのゲン」が教材から削除されました。クローズアップ現代(はだしのゲンはなぜ消えたhttps://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/episode/te/L5JNVQJYWQ/)では独自のアンケート調査を実施し、その疑問に客観的に答えを見つけようとしました。【広島市は平和教育を教育の原点、最重要課題と掲げています。10年前からは独自に平和教育プログラムをつくり、「ひろしま平和ノート」という副教材を使った教育を年間3時間、実践しています。プログラムが始まった背景には、広島市教育委員会が行った調査で、原爆投下の年や日時を正確に答えられる小学生が全体の33%にとどまるなど、被爆に関する知識や平和に対する意識が、子どもたちの間で希薄化しているという課題がありました。】
そこには教育現場が抱える様々な問題があります。この教材は小学校3年生で扱っているため、発達段階や現代にそぐわない(残酷性、犯罪、天皇の責任、浪曲などの描写)という意見もあります。確かに78年前の事実は、今を取り巻く文明社会からすれば臨場感はありません。理解もしにくいです。しかし、歴史はすべて現代文明から理解を試みても分からないのが当然です。当時の時代背景、日本の政治体制を理解できる年齢でなければ意味をなさないともいえます。「二度と起こしてはならない戦争、核爆弾使用」をどの年代にどのように伝えていくかは考えるべきことだと思いました。行ってらっしゃい。
カテゴリ:戦争
クラスター爆弾の非人道性
2023.08.01
8月になりました。毎年やってくるこの季節に、思い出さなければないことは戦争の記憶です。虐殺、玉砕、原爆投下、終戦、シベリア抑留、残留孤児、特攻隊等数々の忘れてはならない出来事があります。人間は歴史に学ぶことで、二度と起こしてはならない戦争について振り返る時間を持たなければなりません。なぜなら「忘れやすい」からです。そして戦争体験者がいなくなることで、その悲惨さ、悲しみを語り継ぐことが難しくなる時代が迫っているからです。目の前で人が殺し殺されることは、生きている期間その衝撃と悲惨さに苦しめられることとなります。これは経験者、様々なメディアからの情報を、「知ろう」という小さな努力をするだけで機会を持つことができます。私自身も戦時下体験はもちろんありません。ですが、名古屋で言えば「ピース愛知資料館(名東区)」、愛知県護国神社、広島、長崎は原爆資料館、沖縄には数々の住民集団自決碑、壕等が「数多くあります。現地に行かなくてもネット検索するだけでも歴史は学ぶことができます。
悪魔の兵器 クラスター爆弾 【オスロ条約(120ケ国が加盟)製造・保有・使用が全面禁止されている】

広範囲の人の命を奪い、施設を破壊する 不発弾は地雷にもなり替わる

ウクライナの戦争は泥沼化し、とうとうアメリカはクラスター爆弾を供与するまでに至りました。その悲惨さ、住民を巻き込むことを承知の上で、民主主義を掲げる大国が行うこととは思えません。私たちは悲惨な歴史を知る必要があります。そうでなければ再び同じことが起きてしまいます。行ってらっしゃい。
悪魔の兵器 クラスター爆弾 【オスロ条約(120ケ国が加盟)製造・保有・使用が全面禁止されている】

広範囲の人の命を奪い、施設を破壊する 不発弾は地雷にもなり替わる

ウクライナの戦争は泥沼化し、とうとうアメリカはクラスター爆弾を供与するまでに至りました。その悲惨さ、住民を巻き込むことを承知の上で、民主主義を掲げる大国が行うこととは思えません。私たちは悲惨な歴史を知る必要があります。そうでなければ再び同じことが起きてしまいます。行ってらっしゃい。
カテゴリ:戦争
権威者の間違い
2023.07.04
おはようございます。今日も暑さが続きます。適度に汗をかき体の内液を循環させ、無理のないように冷やしながら、バランスの良い生活が必要な時です。
ワグネルを率いたプリゴジン氏が、ルカチェンコ大統領の仲介によりベラルーシに亡命?しました。2日付け中日新聞(視座 内田樹)では、いずれプーチンの刺客によって暗殺されるだろうと書かれています。我々民主主義国家においては信じられない予測だと思います。理由はロシアを脅かした反逆者である、いち私的軍事組織の首謀者を国家は許さないからです。戦闘で大きな成果をあげたワグネルに対する国民感情に表向きは配慮しながら、実は敵対しようとしたことが、プーチンの権威を貶めたからだと述べられています。あれほど強権的な政権に対し、異を唱えるような団体が出てきたことは、他にも国家や政治体制に関わらず、民間の軍事保持者が存在する現状がなくならない未来を予測しています。
一方中国では一帯一路を掲げる習近平政権の独裁化が進み、国民に文化大革命時におきた「密告(教師や近くに反国家的考えや発言を擦る者の報告)」が起きています。学校に「学生情報員(共産党に協力することで様々に優遇される)」を任命し、反逆の芽を摘んでいるとのこと。まるで太平洋戦争中の憲兵や特別高等警察(特高)のような世界です。一般市民の中に同胞を監視するような仕組みを作ることは、とても恐ろしいことです。これも過去に目を向け反省をできない、愚かな権力者の姿だと思います。
この2つの事実から考えても、国民を翻弄し、ないがしろにしようとする権威はあってはならないと思います。人間は確かに限度を知らず、放っておけば何をしでかすか分からないのが本性でもあります。だからと言って権力を握ったものが、多様な考えを踏みにじり統率していくことが、人権尊重を叫んでいる現代社会において許されてはなりません。行ってらっしゃい。
ワグネルを率いたプリゴジン氏が、ルカチェンコ大統領の仲介によりベラルーシに亡命?しました。2日付け中日新聞(視座 内田樹)では、いずれプーチンの刺客によって暗殺されるだろうと書かれています。我々民主主義国家においては信じられない予測だと思います。理由はロシアを脅かした反逆者である、いち私的軍事組織の首謀者を国家は許さないからです。戦闘で大きな成果をあげたワグネルに対する国民感情に表向きは配慮しながら、実は敵対しようとしたことが、プーチンの権威を貶めたからだと述べられています。あれほど強権的な政権に対し、異を唱えるような団体が出てきたことは、他にも国家や政治体制に関わらず、民間の軍事保持者が存在する現状がなくならない未来を予測しています。
一方中国では一帯一路を掲げる習近平政権の独裁化が進み、国民に文化大革命時におきた「密告(教師や近くに反国家的考えや発言を擦る者の報告)」が起きています。学校に「学生情報員(共産党に協力することで様々に優遇される)」を任命し、反逆の芽を摘んでいるとのこと。まるで太平洋戦争中の憲兵や特別高等警察(特高)のような世界です。一般市民の中に同胞を監視するような仕組みを作ることは、とても恐ろしいことです。これも過去に目を向け反省をできない、愚かな権力者の姿だと思います。
この2つの事実から考えても、国民を翻弄し、ないがしろにしようとする権威はあってはならないと思います。人間は確かに限度を知らず、放っておけば何をしでかすか分からないのが本性でもあります。だからと言って権力を握ったものが、多様な考えを踏みにじり統率していくことが、人権尊重を叫んでいる現代社会において許されてはなりません。行ってらっしゃい。
カテゴリ:戦争
「沖縄慰霊の日」と自衛官候補生銃乱射事件
2023.06.23
平和記念公園

「沖縄戦終焉の地」糸満市摩文仁の丘

おはようございます。今日は不安定ですが、晴れ間もうかがえる1日となると良いのですが。
今日6月23日の「慰霊の日」は、沖縄戦犠牲者の霊を慰め世界の恒久平和を願う日です。沖縄県が条例で記念日として定めました。沖縄戦は、太平洋戦争の末期である1945年に、日本軍と、沖縄諸島に上陸したアメリカ軍を主体とする連合国軍との間で行われた戦いです。日本軍は沖縄を本土防衛の最後の拠点とし、連合国軍は日本本土に攻め入るための基地として、沖縄諸島を攻略しようと試みました。沖縄戦では、連合国軍と日本軍を合わせて20万人以上の犠牲者が出たといわれています。そのうち、一般の犠牲者は推計で約10万人です。沖縄県民の4人に1人が命を落とした壮絶な戦いで、甚大な被害がありました。「慰霊の日」は、アメリカ軍が主体となった連合国軍と日本軍との間で起こった組織的な戦闘が終わった日とされています。1945年6月23日に、沖縄現地に配備された日本軍の牛島満司令官と長勇参謀長が自決し、組織的な戦闘が終結したことから、この日が「慰霊の日」に定められました。
さて、現代日本では銃によって尊い命が奪われる事件が起きました。それも日本を他国からの侵略、災害発生時にいち早く国民を守るために組織されたはずの自衛隊内部での事件です。殺傷能力のある武器を扱う特別な場所で人の命を奪う行為が公然と行われたことに衝撃が走ります。なんとも恐ろしいことです。日本では銃の所持は厳しく規制されていますので、アメリカのように学校で銃の乱射があることは、確立としては低いと思います。しかし、昨今は狩猟用の散弾銃などで身内や夫婦間で起こる殺傷事件も相次いています。
一見銃がなく安全な日本で、今回無差別に近い自動小銃(連続発射できる銃)の乱射事件が起きたことは衝撃的です。しかも18歳の青年が手を下したという事実は、それまでの育ちに何かしら原因があると考えざるを得ません。弾を込め外部に持ち出そうとしていた節もあるということで、日本の社会が抱える大きな闇を感じます。たとえ銃がなくても「人を殺してみたい」等の願望が、理性によってコントロールできない若者が事件を起こしている事実は、氷山の一角にすぎないと思います。そのように考えると、おちおち外出もままならなくなると感じます。絶対の安全などあり得ないのが生き物の世界、理解できないのが人の心でもありますが、「信じる」を失えばもはや人間ではなくなってしまいます。命の尊さや人間が起こす過ちについて、身近なところから警鐘を鳴らしつつ、記念日を通じ過去の戦争と過ちに対し目をそらさず、風化させない気持ちを失ってはならないと考えます。行ってらっしゃい。
夕刻 「身近に生き物がいること」
身近に生き物を見て触れられる機会があると、生き物への関心が様々な所に現れてきます。どうして子どもたちは生き物に関心が強いのか、これは本能的なものとしか答えようがありません。今日も園庭でミミズやナメクジを探す子どもたちの姿が見られました。ミミズ一匹で20分、関わる子どもが4人もいました。これが蝶やトンボ、バッタが現れたら世界はさらに広がるのです。室内であればイメージや思いが膨れ上がるものは、絵本や歌その他の玩具に限定されます。だからこそ室内は素材そのものと準備の仕方に工夫が必要となるのです。
数年前子どものキャンプ活動をしていた時、子どもから「このカブトムシは電池で動いているの?」と信じられない質問を受けたことがありました。どれだけ自然環境から遠ざかる生活をしていたのかを、象徴する言葉だと思います。子どもは屋外にいるだけで様々なことを学んでいます。それは屋外が変化に富んだ世界だからです。変化は子どもたちにとっては、新しくて面白い体験と、様々な自然物の変化を得ることができ、また自分の力で変えていくことができる主体性発揮の場でもあります。私が屋外での活動を積極的に行うのはそのためです。今は中々効果が現れるものではありません。5年単位くらいで子どもたちの心の中と身体能力は確実に変わったことが分かるようになります。
親や教師は教育の効果を短期間で確かめたい欲求にとらわれがちですが、人間の発達はそんな簡単にはいきません。比較的分かりやすいのが、知識と技術的成果ということなのです。しかし、この教育に専念すると心の発達は置き去りになる危険性があることを心得ておいてください。本当に今子どもたちに必要な環境と力は何であるのかを、大切にしなければなりません。

「沖縄戦終焉の地」糸満市摩文仁の丘

おはようございます。今日は不安定ですが、晴れ間もうかがえる1日となると良いのですが。
今日6月23日の「慰霊の日」は、沖縄戦犠牲者の霊を慰め世界の恒久平和を願う日です。沖縄県が条例で記念日として定めました。沖縄戦は、太平洋戦争の末期である1945年に、日本軍と、沖縄諸島に上陸したアメリカ軍を主体とする連合国軍との間で行われた戦いです。日本軍は沖縄を本土防衛の最後の拠点とし、連合国軍は日本本土に攻め入るための基地として、沖縄諸島を攻略しようと試みました。沖縄戦では、連合国軍と日本軍を合わせて20万人以上の犠牲者が出たといわれています。そのうち、一般の犠牲者は推計で約10万人です。沖縄県民の4人に1人が命を落とした壮絶な戦いで、甚大な被害がありました。「慰霊の日」は、アメリカ軍が主体となった連合国軍と日本軍との間で起こった組織的な戦闘が終わった日とされています。1945年6月23日に、沖縄現地に配備された日本軍の牛島満司令官と長勇参謀長が自決し、組織的な戦闘が終結したことから、この日が「慰霊の日」に定められました。
さて、現代日本では銃によって尊い命が奪われる事件が起きました。それも日本を他国からの侵略、災害発生時にいち早く国民を守るために組織されたはずの自衛隊内部での事件です。殺傷能力のある武器を扱う特別な場所で人の命を奪う行為が公然と行われたことに衝撃が走ります。なんとも恐ろしいことです。日本では銃の所持は厳しく規制されていますので、アメリカのように学校で銃の乱射があることは、確立としては低いと思います。しかし、昨今は狩猟用の散弾銃などで身内や夫婦間で起こる殺傷事件も相次いています。
一見銃がなく安全な日本で、今回無差別に近い自動小銃(連続発射できる銃)の乱射事件が起きたことは衝撃的です。しかも18歳の青年が手を下したという事実は、それまでの育ちに何かしら原因があると考えざるを得ません。弾を込め外部に持ち出そうとしていた節もあるということで、日本の社会が抱える大きな闇を感じます。たとえ銃がなくても「人を殺してみたい」等の願望が、理性によってコントロールできない若者が事件を起こしている事実は、氷山の一角にすぎないと思います。そのように考えると、おちおち外出もままならなくなると感じます。絶対の安全などあり得ないのが生き物の世界、理解できないのが人の心でもありますが、「信じる」を失えばもはや人間ではなくなってしまいます。命の尊さや人間が起こす過ちについて、身近なところから警鐘を鳴らしつつ、記念日を通じ過去の戦争と過ちに対し目をそらさず、風化させない気持ちを失ってはならないと考えます。行ってらっしゃい。
夕刻 「身近に生き物がいること」
身近に生き物を見て触れられる機会があると、生き物への関心が様々な所に現れてきます。どうして子どもたちは生き物に関心が強いのか、これは本能的なものとしか答えようがありません。今日も園庭でミミズやナメクジを探す子どもたちの姿が見られました。ミミズ一匹で20分、関わる子どもが4人もいました。これが蝶やトンボ、バッタが現れたら世界はさらに広がるのです。室内であればイメージや思いが膨れ上がるものは、絵本や歌その他の玩具に限定されます。だからこそ室内は素材そのものと準備の仕方に工夫が必要となるのです。
数年前子どものキャンプ活動をしていた時、子どもから「このカブトムシは電池で動いているの?」と信じられない質問を受けたことがありました。どれだけ自然環境から遠ざかる生活をしていたのかを、象徴する言葉だと思います。子どもは屋外にいるだけで様々なことを学んでいます。それは屋外が変化に富んだ世界だからです。変化は子どもたちにとっては、新しくて面白い体験と、様々な自然物の変化を得ることができ、また自分の力で変えていくことができる主体性発揮の場でもあります。私が屋外での活動を積極的に行うのはそのためです。今は中々効果が現れるものではありません。5年単位くらいで子どもたちの心の中と身体能力は確実に変わったことが分かるようになります。
親や教師は教育の効果を短期間で確かめたい欲求にとらわれがちですが、人間の発達はそんな簡単にはいきません。比較的分かりやすいのが、知識と技術的成果ということなのです。しかし、この教育に専念すると心の発達は置き去りになる危険性があることを心得ておいてください。本当に今子どもたちに必要な環境と力は何であるのかを、大切にしなければなりません。
カテゴリ:戦争
終戦の日(戦後77年)
2022.08.15
今日8月15日は「終戦の日」。太平洋戦争から77年です。今年も沖縄慰霊の日(6/23)、広島原爆の日(8/6)、長崎原爆の日(8/9)と記念行事を経て本日を迎えました。毎年この機会を通じて戦争のことを考えるようにしていますが、今年はもう少し深く歴史に刻まれた事実を見つめてみようと思いました。
戦争に関するテレビ番組はこの時期多いため、録画し観ています。その中でも兵士の立場からの番組「歩兵第11連隊の太平洋戦争」に今までにはない戦争の深い傷跡と悲しみを学びました。「陸軍 歩兵11連隊」は精鋭部隊と言われ古くは西南戦争、日清戦争、日露戦争に参加実績がある伝統ある部隊です。しかし、中国戦線では便衣兵(べんいへい)【一般市民と同じ私服・民族服などを着用し民間人に偽装して、各種敵対行為をする軍人のこと。協力民間人の華僑を含む。】の存在により、多くの一般市民をも虐殺した事実、病院船偽装事件【橘丸事件(たちばなまるじけん)は、1945年(昭和20年)に日本陸軍が国際法に違反して病院船「橘丸」(東海汽船、1,772トン)で部隊・武器を輸送した事件。日本陸軍創設史上最も多い約1,500名の捕虜を出した。】などに関係しました。
兵士は、上官からの命令により、やむを得ず虐殺に手を染める。感覚は麻痺し、人を殺すことさえ何とも感じなくなっていく。追いつめられれば赤十字船を装い兵士と武器を移送する。理性や人間らしさを失い、自らの精神を守るため「感じない心」を作り上げる。そうでもしなければ精神は破壊されてしまう。おそらくこの部隊に限られたことではなく、戦場のあちこちで起こっていたことだと考えられます。番組では、戦後生き残った元兵士、罪を問われ処刑された兵士、戦争参加への動機、戦争指導者のあいまいさ、責任逃れ、保身等、幅広く伝えていました。
「やむを得ず戦争を行う(太平洋戦争開戦の日、昭和16年12月8日に放送された、開戦にあたっての東條英機首相の演説。)」ことがもたらした結果は、余りにも惨い結果をもたらしてしまいました。敵味方とは言えお互いに家族がある、恨みがあるわけではない者同士が殺しあう悲惨、兵士ばかりではなく東南アジア(中国、台湾、ベトナム、インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポール等)の一般市民の命を直接あるいは間接的(米軍のアジア日本基地、資源工場の爆撃)に奪い、皇民化政策を押し進め、民族の独立をも妨げました。自存自立の目的を超え、欧米からの植民地解放を掲げた大東亜共栄圏とは名ばかりとなり、侵略、虐殺、略奪、強姦などを行い、新たな憎しみを生んだのです。しかし、戦場で「人が人でなくなる」ことは昨今のウクライナとロシアをはじめ、数々の紛争を振り返っても明らかなことです。極限の状態が理性を奪うのです。
為政者はいつも言います。「国を守るための軍備増強」、「攻められる前に防衛が必要(敵基地攻撃)」、「憲法を改正し自衛隊を合法化する」。これらの法案を簡単に許してしまうことは、二度と起こしてはいけない戦争に大きく接近することです。
冒頭の首相発表「やむを得ず・・・」は、自己を正当化し、野心と国家主義のため国民を欺く理由付けに他ならないと思います。都合のいい言葉、一見納得できる説明に決して惑わされないためには、太平洋戦争を良く学び、許されるべきではない主張を認めてはなりません。兵士として従軍したほとんどの人が訴えます。「戦争はやるものじゃない。」、「二度と起こしてはならない。」体験者の言葉を重く受けとめ、我々は用心深く政治を監視していかなければなりません。
戦争に関するテレビ番組はこの時期多いため、録画し観ています。その中でも兵士の立場からの番組「歩兵第11連隊の太平洋戦争」に今までにはない戦争の深い傷跡と悲しみを学びました。「陸軍 歩兵11連隊」は精鋭部隊と言われ古くは西南戦争、日清戦争、日露戦争に参加実績がある伝統ある部隊です。しかし、中国戦線では便衣兵(べんいへい)【一般市民と同じ私服・民族服などを着用し民間人に偽装して、各種敵対行為をする軍人のこと。協力民間人の華僑を含む。】の存在により、多くの一般市民をも虐殺した事実、病院船偽装事件【橘丸事件(たちばなまるじけん)は、1945年(昭和20年)に日本陸軍が国際法に違反して病院船「橘丸」(東海汽船、1,772トン)で部隊・武器を輸送した事件。日本陸軍創設史上最も多い約1,500名の捕虜を出した。】などに関係しました。
兵士は、上官からの命令により、やむを得ず虐殺に手を染める。感覚は麻痺し、人を殺すことさえ何とも感じなくなっていく。追いつめられれば赤十字船を装い兵士と武器を移送する。理性や人間らしさを失い、自らの精神を守るため「感じない心」を作り上げる。そうでもしなければ精神は破壊されてしまう。おそらくこの部隊に限られたことではなく、戦場のあちこちで起こっていたことだと考えられます。番組では、戦後生き残った元兵士、罪を問われ処刑された兵士、戦争参加への動機、戦争指導者のあいまいさ、責任逃れ、保身等、幅広く伝えていました。
「やむを得ず戦争を行う(太平洋戦争開戦の日、昭和16年12月8日に放送された、開戦にあたっての東條英機首相の演説。)」ことがもたらした結果は、余りにも惨い結果をもたらしてしまいました。敵味方とは言えお互いに家族がある、恨みがあるわけではない者同士が殺しあう悲惨、兵士ばかりではなく東南アジア(中国、台湾、ベトナム、インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポール等)の一般市民の命を直接あるいは間接的(米軍のアジア日本基地、資源工場の爆撃)に奪い、皇民化政策を押し進め、民族の独立をも妨げました。自存自立の目的を超え、欧米からの植民地解放を掲げた大東亜共栄圏とは名ばかりとなり、侵略、虐殺、略奪、強姦などを行い、新たな憎しみを生んだのです。しかし、戦場で「人が人でなくなる」ことは昨今のウクライナとロシアをはじめ、数々の紛争を振り返っても明らかなことです。極限の状態が理性を奪うのです。
為政者はいつも言います。「国を守るための軍備増強」、「攻められる前に防衛が必要(敵基地攻撃)」、「憲法を改正し自衛隊を合法化する」。これらの法案を簡単に許してしまうことは、二度と起こしてはいけない戦争に大きく接近することです。
冒頭の首相発表「やむを得ず・・・」は、自己を正当化し、野心と国家主義のため国民を欺く理由付けに他ならないと思います。都合のいい言葉、一見納得できる説明に決して惑わされないためには、太平洋戦争を良く学び、許されるべきではない主張を認めてはなりません。兵士として従軍したほとんどの人が訴えます。「戦争はやるものじゃない。」、「二度と起こしてはならない。」体験者の言葉を重く受けとめ、我々は用心深く政治を監視していかなければなりません。
カテゴリ:戦争
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